告訴状

2009年3月10日 (火)

従来型の刑事裁判の問題点を改善する視点

1.4.12 従来型の刑事裁判の問題点を改善する視点

かなり前のパソコン環境からFirefox(ブラウザ)のブックマークをインポートしてあるのですが、たまたま目にとまったリンクがあり、訪問してみました。このブログ主とは過去にいきさつがあったのですが、私がブログを始めるきっかけにもなりました。そのブログがgooのブログであったこともあり、初めに gooのブログを開設しました。

そのgooのブログに江村正之検察官の論告要旨がアップしてあるので、お読みいただけたらと思います。どれだけの人が読んでいるのかわかりませんが、2007 年の6月30日に投稿したものです。gooのブログも管理画面でアクセスの件数は見ることが出来ます。最近は管理画面にログインすることも少ないので、アクセス状況もわかりませんが、ずっと前からずいぶん少ない数でした。
<論告要旨>
http://blog.goo.ne.jp/hirono_2005/e/e127bb1da4bece1b2094aff7f4efe52e

さきほどこれもずいぶん久しぶりに一通り読んでみました。以前とは違った印象があり、いささか新鮮にも感じました。やはりその時の気分や心理状態で、異なる見え方がするようです。

今回改めて感じたのは、これは被告訴人らの言い分の丸写しではないかと言うことです。告訴問題の本体や具体的な事実とは異なるので、いたずらに分量を増やさないため、簡潔に触れますが、次がさきほどご紹介したブログの記事です。

====引用開始====裁判員裁判において、被告人の権利を守るために。

裁判員制度における刑事裁判において、被告人の権利を守るためには、どうすれば良いだろうか。『法学セミナー』(日本評論社)の2009年1月号から2009年 3月号まで掲載されているK先生の連載記事「裁判員裁判と刑事弁護の課題」を読んで、私は考えた。

K先生は、連載記事において、今回導入されようとしている裁判員制度における刑事裁判における一番の問題点は、従来からの糺問的捜査による調書裁判という構造が存続されていることだとする。糺問的捜査による調書裁判という構造に対して、弁護人は公判前整理手続においては防御準備を完結させること、公判の形骸化を防ぐこと、予断排除原則を守ることが重要であり、公判における弁護活動においては、公判における白黒の決着をつけるための心証形成を行うことが重要だと論じる。

公判前整理手続において防御準備を行うためには、第一に検察官の主張の全容を把握すること、第二に検察官の有罪主張の証拠構造を弾劾する準備をすることが重要だと、K先生は示す。刑事裁判において挙証責任は検察官が負うため、被告人の有罪を立証するための証拠の構造を弁護人は打ち崩す必要がある。

また、公判の形骸化を防ぐためには、争点・証拠の整理が公判の迅速・効率化へ転化することに歯止めをかけることが大切である。あと、予断排除原則を守るためには、無罪推定の原則・被告人の黙秘権を維持する運用をすることが重要だと、K先生は論じる。

公判において弁護人は、第一に検察官による有罪主張の構造が成り立つか判断すること、第二に冒頭陳述において検察官の有罪主張を弾劾し、合理的疑いを投げかけること、第三に調書を排除した証拠調べを実現すること、の3点が重要だと、K先生は示す。また、自白調書の任意性・信用性の判断や、自白の証拠能力の有無の判断に裁判員を参加させることも重要である。

現代の日本社会における刑事裁判において、被告人の権利が十分に守られているとはいえない。このような状況において、弁護人や裁判員の努力によって、被告人の権利が適切に守られる社会を実現することが大切であると、私は考える。

私は裁判員制度には反対の立場である。しかし、従来型の刑事裁判を伝統主義的に守るのではなく、従来型の刑事裁判の問題点を改善する視点から、裁判員制度を批判する必要があると、私は考える。

http://blog.goo.ne.jp/ukonkmy/e/811168f89e7de332fa2b1ed1b898e506
====引用終了==== 

余計に改行を入れました。メールで送信するとき改行の間が長くなると文字化けを起こすためです。Emacsから直接コピーしたものだと問題は起きないのですが、いったん、htmlに変換したものをコピペしたときに問題が起こるのです。
関東学院大学の卒業生の方みたいです。共謀罪の導入に反対し、裁判員制度にも反対みたいですが、このような見解を示され、なかなかもっともな論理だと思いました。ただ、他にも言えるのですが、内容がとても抽象的です。他人のプライバシーも尊重される人なのかもしれません。以前、私が送信したトラックバックも、見つけ次第即刻削除していました。返事のような反応をもらうことも一度もありませんでした。

私のことなどすっかり忘れているのかもしれません。あとでこの記事からトラックバックを送ってみますが、まず反映されることはないと思います。法学部の出身で刑法を学んだ可能性の高い人ですが、以前ブログの記事を読んだところ、刑法や法律とは別の途に進まれているようでした。

メール送信の方も、法科大学院の方に送信させていただいておりますが、全国を網羅するかたちでアドレスを収集しました。現在のところ、ココログのアクセス解析の方で、大学からのアクセスはほとんど確認していません。どこかの検索サイトから飛んできたのが一件ありましたが他の記事を見ることはなかったみたいです。

江村正之検察官の論告要旨に戻します。私は自分以外の裁判を見たことがないのですが、もちろん、テレビドラマでは何度か見たことがあり、だいたいの雰囲気というのは人並みにわかっているつもりです。江村正之検察官は、終始下を向いて、ぼそぼそとつぶやいていました。一応かたちだけ、というのか義務的に仕方なくやっている感じで、私を正面から見つめることもなかったように記憶しています。

公判の記録を読むと、私に向かってきつい質問をしたようなことになっていましたが、正直、記憶になく思い出すことがありません。余りにぼそぼそのつぶやきがひどかったので、あるいは内容が聞き取れていなかったのかもしれません。

今考えれば、それも意図的な演技だったのかもしれません。裁判自体が初めての経験だったので、なんだかよくわからなかったのですが、あっけにとられていた一面があったのかもしれません。裁判も実にあっけなく終わりました。自白を得ているので、穏便に済ませたいと考えていたならば、とんでもない不意打ちを受けたような気がします。

いずれにせよ、自信なさげというか覇気がまったくありませんでした。取り調べの時は、「やれると思ったからやったんだろ」などと凄みも見せ、なかなか恰幅がよく、存在自体が大きく見えましたが、法廷で見ると思っていたより小柄で、まるで別人とは言えませんが、ずいぶんと雰囲気が違っていました。

まず初めに、動揺が見えたのは、2回目の公判の初めに、江村正之検察官から被害者の意識が回復したという報告があり、私が喜びを満身に現したときで、意外そうに驚いた様子で、不安にひるんだようにも見えました。裁判官の目に、それが映ったのかどうかわかりませんが、傍聴者の数もほんの少しだったので、気がついた人は少ないかもしれません。

よりはっきりしたのは、判決の言い渡しが終わった直後で、机に積み上げた調書をめくりながら、かなり落胆したような様子でした。

ちなみに、検察官は判断に迷う事件について、裁判所に判断を仰ぐためあえて起訴することがあるそうです。これは、当時の相場にもなるはずですが、近年は事情も変わっているという話を、数年前なにかで読んだことがありました。

もう一点は、起訴後の被告人の取り調べは、出来ないことはないもののかなり批判が強く、厳に戒めるべきだとされているそうです。これも10年以上の相場になりそうなので、現在のことはわかりませんが、理由が明確なのでおそらく変わっていないものと考えられます。

その理由とは、現在の訴訟構造が弾劾主義で、検察官と被告人は対等な立場の対立当事者とされるからです。弾劾主義に対置するのが糾問主義なのですが、おそらく一般のほとんどの人がイメージする刑事裁判はこちらの方になるのではと思われます。私もそのようなイメージを抱いていました。江戸時代のお白州のようなものです。

そういえば、平成4年より前の頃は、テレビのドラマ番組でよく江戸時代の裁判の場面をやっていましたが、今ではほとんど見かけたことがありません。もっとも自分の場合、ドラマを見ることも希ですし、時代劇を見ることはまずないので、たまたま見ていないだけかもしれません。

これも裁判を知らない人のためにお話ししておきますが、通常地裁で行われる一審は、罪状認否があり、他にも被告人自身の発言の機会が保障されているはずです。これが、控訴審となると、裁判所が認めない限り、発言することも出来ないはずです。もしかすると現在は変わっているのかもしれませんが、控訴審では被告人の出廷の義務さえありませんでした。

事実審や法律審という区別もありますが、一審で発言の機会を失ってしまうと、あとは極めて不利です。弁護人の活躍の場がそれだけ大きくもなるのですが、弁護人が協力してくれないと、どうにもなりませんでした。私の場合、弁護人が独自の方針を貫いたので、具体的な事実に踏み込むこともなく、これもまったく不本意のまま終わってしまいました。

具体的な事実は書面として提出していましたが、これは弁護人のアドバイスでした。書面に書いた内容は、法廷で話すのと同じとも言われました。

江村正之検察官のことで、書いておきたいことがあったのですが、金沢の運転免許センターの近くで運送会社を経営している被告訴人の供述調書の要旨を読み上げたとき、被害者は「はっきりしない」と言っていた、と聞きました。しかし、後日、その被告訴人の供述調書を読んだのですが、それらしい記載はありませんでした。

その「はっきりしない」という彼女の言葉は、私自身、確かにその被告訴人の口から聞いた言葉でした。平成4年の1月の終わりか、2月の初め頃だったと思います。

時刻は23時35分になっています。昨夜は1時半過ぎに寝ようとしたのですが、寝付きがとても悪く、2時間程度しか眠っていないと思います。割とよくあることですが、週末忙しくなるので、早く休んでおきたいと思っています。

しかし、ココログのアクセスは本当に少ないです。21時23分から2時間以上、一件も増えていませんでした。逆に考えれば、それだけ広まっているのかもしれませんが、不気味にも思える静けさです。少なかったですが、何件かメールを読んだと思われる人からのアクセスも何件かあったようです。

今日、派遣会社の人に話をして、仕事は木曜日までと言うことにしました。土曜日で車の車検が切れて乗れなくなるので、それまでに片付けや引っ越し作業を一人で全部済まさなければなりません。

本当は、こういうことを書くと身に危険の迫る可能性も高まるのですが、事情を把握しておいていただくために、あえて書いています。どういう危険なのかについては、最近になって私のブログを知った人にはわからないと思います。長い間、触れてはいないからです。

以前から存在を知っている人は知っている人も多いと思いますが、当時と状況が変わったわけでもありません。

初めて書きますが、正月1日の午前4時半頃だったでしょうか、急に玄関が開き、誰かが入ってきました。結局、酔っぱらった若者が家を間違えて入って来たのですが、一時は殴り込みが来たのかと覚悟をしました。私を痛めつけても、マイナスの方が大きく利益にならないので、やるとすれば命を狙ってくることでしょう。それだけリスクも払った上で、情報公開をしているということもご理解しておいていただきたいと思います。

最悪でも犬死にはしたくない、というのも情報公開やメール送信の目的の一つです。しばらくは、片付けなどでごたごたしそうですが、落ち着いたらまとまった記述も出来そうです。

今回は22時頃からテレビの報道番組を見ながら、書いたので、踏み込めず内容もまとまらなかったと思います。そういえば、モトケンブログの方で、「検察は弱い者いじめをしているのか?」というエントリがアップされていて、コメント欄に、検察の人員の規模などが具体的な数字で書いてありましたが、やはりというか、増えていないというか、ずいぶん少ないようでした。国民の関心も乏しいのかもしれません。
http://motoken.net/2009/03/08-232539.html#entry-2426

国策捜査で、久々に脚光を浴びたという感もありましたが、「金沢地方検察庁御中」を看板に掲げるココログフリーのアクセスもとっても少ないです。結構な数トラックバックも送信していて、そちらからの訪問も結構な割合で確認しているのです。やはり趣旨を明確にしておかなければならないのかもしれません。そのあたりも、あれこれ思案中です。
2 告訴に至る経緯
2.1 報道機関及び報道関係者の皆様に対する御案内 報道
2.1.1 はじめに 2008-10-28 火

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2009年3月 9日 (月)

cocologのアクセス解析について

1.4.11 cocologのアクセス解析について 2009-03-08 日

今日も日曜日で休みでしたが、ほとんど何も手につきませんでした。時刻は23 時40分で、もう20分ほどで日付も変わるところです。

すでにご紹介済みと思いますが、ココログフリーのブログを開設し、今のところ情報公開のメインにしております。このサービスにはアクセス解析の機能がついており、訪問者の情報を知ることが出来ます。ほとんどはドメインで表示されますが、まれにIPアドレスになっていることもあり、法務省もそうでした。訪問ページの履歴なども確認できるので、とても参考になっています。

しかしながら、異常とも思えるような訪問者の少なさであり、悪夢にうなされるような思いで、うちひしがれています。インターネットを使えるのも最悪今月いっぱいなので、済ませておきたいことも沢山あるのですが、何をしたところで、伝わらない、伝えようがないとすると目の前が真っ暗闇になってしまいます。

メールの送信エラーもかなりの数であり、少しずつ増えているような気もしています。パソコンにも余計な負担が掛かるし、本当はこういうこともやりたくないのですが、伝えておいた方がよいという判断で、必要性を考えた上で、行っています。

とりわけ新聞社の方には、かなり前からメールを差し上げています。全く理解されていないのか、それとも理解以前に、目もくれられていないのか、その判断もつきかねますし、どうすればよいのか本当に戸惑うばかりです。

告訴状の問題は、その基礎となる事実関係が、警察、検察の不適切な捜査、処理を前提にしています。その同じ問題を同じ検察庁に持ち込んでいるということもありますが、同じ石川県警が被害者との連絡を強硬に阻止しているという問題もあります。

もちろん、それは安藤健次郎さんの方から、警察に申し入れた意向であるので、警察の対応自体を非難することも出来ないということになりそうです。しかし、それが安藤健次郎さんが心底真意で望んでいることとも考えられないのです。

警察を嗾けて私を挑発し、そのエネルギーをどこかにぶつけて打開の途を開かせようと考えているのかもしれません。もっとも不満に思っているのは、杜撰ででたらめな捜査をした石川県警なのかもしれません。安藤健次郎さんが私に本心を打ち明けてはくれず、連絡すら遮断している情況では、すべて推測の域を出ませんが、それでは私としても方向が定まらないのです。

結果的に、強姦であることを認めた私に対する不満も強いのかもしれません。捜査や裁判に対して無知でありすぎた自分ですが、当時は彼女の容体ばかりが気がかりで、他のことを真剣に考える心のゆとりもありませんでした。

これまで数年に渡って、インターネット上で情報公開を行ってきましたが、理解には至らず、人も離れてゆきました。告発、告訴の問題に重点を置いたということもありますが、裁判を受けて結果が出ているので、終わった問題と考えられているのかもしれません。それに、マスコミの反応もなく、マスコミが問題にしないようでは、読むのも時間の無駄と切り捨てた人も少なくはないように思えます。

当初から警察や司法は、事件の背景の異常さ、複雑さからかかる対応、処理を行ったのかもしれません。私自身、長い間、そう考えてきたし、期待もありました。しかしながら、どうにも受け容れがたい仕打ち、という不満や反発もあり、素直に真剣に取り組んで、説明を書くと言うことも、これまで一度もなかった気がします。不安や焦り、といったメンタル面でのマイナス要素も強く、気持ちを落ち着けて、集中して取り組むということも出来なかったと思います。

まだ、気持ちの整理がついていないのですが、金沢地方検察庁に告訴状を出し、捜査に着手してもらうのか、それより先に警察に非を振りかえて精算していただくことから、始めるべきかどちらの途に進むべきか迷っています。

警察としても、17年以上も前の事件であり、当時の状況は知らない人がほとんどのはずで、資料も残っていない可能性が高いと思います。このあたりが、検察との違いの一つなのですが、裁判が確定した事件の記録は金沢地方検察庁に保管されているはずなので、金沢地方検察庁の方が情報は豊富なはずです。法律上、保管の義務づけられた期間は過ぎていると思いますが、廃棄処分するようなことはないと考えています。

被害者家族が納得するわけがない事情、事実関係については、昨日の「 県議会と、知っておく必要 」に、かいつまんで具体的な事実を書きました。

警察が被害者家族に謝罪、撤回することから始めていただきたい、ということは、金曜日に金沢中警察署に電話を掛けてから、考え始めたことです。関係者の聞き取りをして供述調書を作成し、送検して起訴されてしまえば、あとは検察、裁判所と、弁護士の問題なので、知ったことではない。というのが警察の考え、方針だとすれば、それはそれで問題もあると思います。

検察にしても、ろくに吟味しないままの捜査資料を持ち込まれて、放任されては、たまったものではない、という立場もあるのかもしれません。

正直なところ、私としても知らないこと、わからないことが多いので、わかる範囲で情報を公開し、資料にすることしか出来ません。安藤健次郎さんはより乏しい、判断材料しか与えられてはいないのかもしれません。なんでもいいから加害者をとっちめてやれば、被害者家族にはそれで十分と警察が考えていたとしても、恐ろしい話だと思います。
2 告訴に至る経緯
2.1 報道機関及び報道関係者の皆様に対する御案内 報道
2.1.1 はじめに 2008-10-28 火

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2009年3月 8日 (日)

県議会と、知っておく必要

1.4.10 県議会と、知っておく必要 2009-03-07 土

cocologのブログのアクセスログを見ていると、あまりのアクセスの乏しさに気が滅入って、またしても手がつかなくなってしまいました。時刻は22時27分になっています。今日も休日で時間が沢山あったのに、やりたいことやるべきことがほとんど手につかず、先に進めることが出来ませんでした。本当は、明日までに金沢中警察署長の手紙を書き終えるつもりでいたのですが、この調子だととても書き切れそうにありません。

今日は起きてから郵便受けから入っていた能登町健康福祉課の人からの手紙を読み、パソコンをサスペンドから復帰させて、モトケンブログで次の記事を読みました。
こういう病気があるということを知っておく必要はあると思うが、
http://motoken.net/2009/03/07-114408.html

落合弁護士にも同じニュース記事を取り上げたエントリがあり、それを読んで記事を書き、トラックバックの送信などしていました。昨日、金沢中警察署に電話を掛け、山出警部補に向かって、「アホかお前は」などと言ったこともあり、珍しいニュースが飛び込んできたものだと不思議に感じていたのですが、初めは、なぜ事件でもない問題をマスコミが報道するのだろう、それほど大きな問題とも思えないのに、とモトケンさんと同じようなことを考えていたのです。

それが、落合弁護士のブログを見ると、馬鹿に飲ませてやりたい薬、などとずいぶんと手厳しいというか、やや過激とも思えるような批評で紹介されていたわけです。

なぜか、夕食をすませた20時頃になって、再びモトケンブログを見て、そのコメント欄に県議会から報道につながった、というようなことが書いてあるのに気がつきました。考えてみると、リンク先のソース記事を読んでいなかったので、リンクをクリックして記事を読んでみると、県議会の質問から県警本部長の謝罪に至ったような経緯が書いてありました。

さらに先ほど、落合弁護士のエントリからリンクをクリックすると、表示されたのは別の報道で、質問をした議員の名前も書いてありました。

私自身、県議会でこのような問題が取りざたされ、さらにマスコミの報道にまで発展した、というのは初めて見聞した事実で、想像すらすることがありませんでした。

しかし、告訴状の問題に関連した市政、県政、の行政の在り方について考えていただきたいという思いはあり、金沢市議会もメール送信のリストに加えてありますし、石川県のホームページにある連絡先一覧のメールもすべてリストに加えてあります。確か、石川県のホームページのメールだけで150件ほどあったと思いますが、全部を合わせると330件以上にはなりそうでした。UNIXのコマンドを使って調べたのですが、間違いはないはずです。そのうち、50件ほどは送信エラーを確認しており、届いていない可能性が高いのですが、拒絶されているところも少なくはないようです。

拒絶ではねつけられるぐらいですから、未開封でゴミ処理されているメールも少なくはないように考えられます。議員のような口利きがなければ、取り合ってもらえるような問題はないのでしょうか。

平成4年の事件前、被害者と同じ職場の同僚運転手から、初め彼女の父親は弁護士だと聞いていました。当時の私は、当時弁護士というのは日本全国で1万5 千人ほどしかいない専門職で、司法試験がどれほどの難関であるかということも知らずにいたので、それほど特殊な職業とも考えずに聞き流していたのです。

そのあと、別の運転手から彼女の父親は議員らしいという曖昧な話しを聞かされ、母親は学校か塾の先生をしているような話しを聞かされました。今考えれば、彼女本人に確認しなかったのも悔やまれる気がします。もし彼女に話していたならば、おかしなでたらめな情報が会社のなかで流されていることに気がつき、彼女もそれなりに周囲の動向に注意していたかもしれませんし、私自身も、他人の話を鵜呑みにせず、身に迫る異変を察知することが出来たかもしれません。

もっとも、その段階において、彼女に対する基本的な不信感や不可解さが植え付けられていたので、深入りしたくないという気持ちも強く、彼女のプライベートな話題に触れるようなことはありませんでした。

弁護士と言った男も、議員と言った男も被告訴人にしてあります。議員と言った男は、彼女と交際していた、という話しを聞いており、これも別の被告訴人から聞かされたのですが、これが平成4年の1月23日でした。

その彼女と交際していたという男から、かなり不自然な接触があり、時間を掛けて話しをする機会があったのは同じ年の2月1日の深夜でした。この偶然を装うような機会を取り持つ口実というか、手引きになったのも弁護士と言っていた男でした。

詳しいことは、具体的な実名まであげてHatena::Diaryのブログにも書いてあるはずです。今回、なぜ実名を挙げないかというと実名を挙げることに抵抗を覚える人も少なくないようなので、そのような人に問題を読んでもらえなければ、それっきり前に進むことも出来なくなるからです。

そして2月の21日だったと思いますが、弁護士と言った男をトラックに同乗させて、新潟県まで荷物を下ろしに行きました。2月18日に金沢を出て、翌日に徳島県で荷下ろしをし、次の日に愛媛県の松山市から新潟県行きの「いよかん」を積んだので、日付のことはよく覚えているのです。新潟で荷物を下ろし、金沢に戻ったのは早朝5時ぐらいでしたが、その間に、弁護士と言った男から、議員と言った男と彼女の交際関係について、重大で深刻な打ち明け話を聞かされたのです。

弁護士と言った男によると、彼女は当時交際していた、議員と言った男に対して、「言い服を着て来て」と注文をつけた上で、自分の自宅に招き、父親と引き合わせたというのです。後日談として「まずい酒やった」と話していたと言い、あの男が気を遣うぐらいやから、よっぽど堅苦しい家風で、彼女も気むずかしい、という印象をアピールしていました。

彼女の母親の供述調書を見ても、彼女が特定の男性と交際していた様子はないと述べており、自宅にまで招待し、父親に引き合わせた同じ会社の男がいるのかどうかという事実の存否は、なにより彼女の両親が身に覚えとして知っているはずのことです。

その時の弁護士と言った男の話によると、彼女は議員と言った男との別れ話のもつれで、ものすごく傷つき、議員と言った男のことをものすごく恨んでいると断言していました。

仮に彼らの話が事実だとして、同じ会社の男と嫁入り前の娘の男女関係がもつれた末に破局したとすれば、同じ轍を踏ませたくはないと、それなりに警戒するのが普通のはずです。彼女の両親にそんな素振りがいささかもなかったことは、私自身が経験からよく知っているところであり、そのあたりは供述調書にも具体的な事実経過が記載されているはずで、疑いを差し挟む余地はなかったはずです。

彼女の母親の供述調書でも、私からの電話のことは述べてあり、繰り返しよく電話が掛かっていたことが回想され、割と丁寧な態度の男であったような感想も述べられていました。

警察においては、それがストーカー行為のような扱いを受けていますが、そもそもそのような行為に導いたのは彼女の方なのですから、これもどう考えてもおかしな話しです。そういう経過があったにせよ、結果として傷害事件に至ったのであるから、被害者の真意に反していたことは疑いもなく、嫌がっていたのに違いがない、という結論にしか見えません。確かにそう受け取られても仕方のない一面もあるのかもしれません。

ただ、結果を重視するあまり、そこに至った経緯や被害者本人の気持ちや事情を余りにも軽く扱い、除外排斥した事実認定であったことは、事実を知り経験した私からすれば、余りにも明白です。

百年の恋もさめる、という言葉もあるぐらいですから、そういう推定が働くのもごもっともかもしれません。しかしながら、それ以上に全く踏み込むこともなく、事情を聞き取ることもなく、関係者の供述を含め、客観的な状況を調べることもなく、漫然と放置したということは、正当な裁判を受ける憲法上の権利を踏みにじり、被疑者のみならず、被害者及びその家族の人生を台無しにした、とも言えるはずです。

事件の外形や結果にのみ固執した抽象的で杜撰きわまりない事件処理により、被疑者を必要以上に苦しめ、戸惑わせ、真相の解明からはるかに遠のかせたとも言えるものであって、被害者及びその家族に対しても必要以上の被害感情を増幅させ、戸惑いの極地の無間地獄に追いやったと言えるのではないでしょうか。

平成3年の11月の終わりからよく翌年1月の上旬に掛け、およそ一月半弱の間に、被疑者が被害者宅におよそ50回以上の電話を掛けたという事実は、金沢西警察署谷内孝志警部補が被疑者の取り調べで作成した供述調書にもその旨記載があるはずです。さらに、その電話が、彼女本人の自宅に電話を掛けることを承諾した受け答えから始まり、居留守を使って、電話に一切出なくなった一方において、会社内では、被疑者と接触しやすい会社裏の駐車場に車を停めるなど、明らかに、直接会って話すことを望んでいたことがうかがえます。

12月21日に、トラックに同乗して、直接話しをしたときにも、電話に出ない理由について、寝ていたのではないか、最近早く寝る、などととぼけた返答をしており、自宅に電話を掛けることを拒むような申し出も一切ありませんでした。

さらに1月中には、21日までの間に、3回、裏駐車場に停めた大型トラックの助手席に乗り話しをしており、そのうち最初の2回は今日は用事があるので、今度話そう、という申し出をしていました。

そもそも平成3年の9月の中頃、会社前において、車のフィルム張りを差し向かいで無言で手伝ってくれたことから、話しをするようになり、互いに強く意識し合う関係になっていきました。

10月の5日に、私の方から意思の確認と、先に行動を起こしてくれた彼女に対する礼儀として、電話になりますが、正式に交際の申し込みをしました。彼女は「好きな人がいる」という理由で、交際を断りましたが、以前にも増すぐらいに積極的な態度を示すようになり、何度か電話で話をしたあと、11月25日になって、再度、交際の申し込みをした上、好意を持たれて迷惑ではないという確認と、これからも自宅に電話を掛けてもよいという承諾を得たわけです。

また、この時の電話の初めには、彼女の方から自分が結婚したときの年齢を尋ねられ、21歳と答えると、続けて、「わたし、早く結婚したいぞいね。今、まだいいけど、あと2,3年したらあせるぞいね。」というしんみりした話しがありました。真剣な交際を望み、結婚が交際の前提と普通に考えていた価値観がうかがえました。これも、準強姦行為とされた意思確認と既成事実を目的とした行為の、動機及び必要性を判断する根拠となった事情であり、狂瀾に既倒を廻らすが如き、行動に踏み切ることになりました。それも、彼女が最後まで、それまでの態度を貫き通していたからです。

事件に至るおよそ一週間前の3月23日の電話の会話でも、彼女は真意が伝わらないもどかしさにしびれを切らしたかのような勢いで、「わたし、広野さんにわたしの気持ち伝わっとるとばっかり思っとった。」と言い、私が、その場の成り行きで、「なんやそれ」とあきれたように切り返すと、彼女もさらに感情が高ぶった様子で、「わたし彼氏おるって、好きな人おるって、付き合っとるって同じことやろ。」と言い放ったのです。

この時であったか、とっさに私の口から出た言葉は、「お前、気、狂っとるんじゃないか」というものでした。あとで冷静になって考えると、やはり彼女の指す、好きな人は一貫しており、これまでの彼女との関係や彼女の態度を考えると、やはり彼女の指す好きな人とは自分以外には考えられないことであり、好きな人と、現在も付き合っているということは確認できたのです。

「わたし彼氏おるって」という言葉の前には、「付き合う気ないって」という言葉があったかもしれません。いずれにせよ、頭が混乱しましたし、感情にまかせて、なにを言い出すかわからない女という印象が強まりました。このような衝突は、それまでにも何度か繰り返しており、彼女と直接会って話すことをためらわせ、自分の衝撃に混乱した頭で自分の感情をどこまで抑えることが出来るのか自信も揺らぎ、危機感もふくらませていたのです。

落合弁護士は3月6日付のエントリで次のように述べておられます。

裁判官というのは、我々のような凡人には及びもつかない、優秀で倫理観   も高い人々であるはずで、それにもかかわらず、こういった犯罪に手を   染める人が、それもベテラン裁判官によるものが続くということについ   ては、最高裁としても、裁判員制度に関する研究と同程度かそれ以上に、   きちんと分析、検証すべきでしょう。

「裁判官犯罪の研究」といったテーマで、優秀な裁判官に研究してもらっ   て、その結果をまとめる、ということもあってもよさそうです。

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20090306#1236339857

このエントリは見落としをしていたようで、7日になってから気がつきました。時刻の方は、すでに8日になっており、1時30分になったところです。検察官を 10年ほど勤めた人が凡人というのも、どうかなという気がしないではありませんが、相当強い皮肉を込めたのか、理解の範疇からの逸脱を強調されたのか、確かなことはわかりませんが、理解の程度を甚だしく越えていることは確かなようです。

前任の検事総長が裁判員制度に向けた期待も、あるいはそのあたりにあるのかもしれません。私の裁判においても、主要なテーマになったのは精神鑑定でした。刑事裁判について関心を持ったり、調べたことのある人ならご存じだと思いますが、刑事弁護がこだわり抜き、異常とも思える関心を寄せるのも精神鑑定です。正直なところ、まるで気違い博士ではないかと思えることもあったのですが、モトケンブログのコメント欄に書くと、顰蹙以上の反応も受けたみたいです。

私にしてみれば、精神鑑定を受けさせられたのも人体実験の玩具にされたような気がしてなりません。具体的な事実がどれだけおろそかにされたか想像の域を超えるものがあるのですが、15年近く経過し、殺人未遂の公訴時効が間近に迫ってから、検察に求められたのも具体的な事実の記載でした。

15年の公訴時効は25年に引き上げられ、重大事件に関しては公訴時効の撤廃も現実味を帯びてきている昨今です。当初15年に設定されていた理由についても、その一つに時間の経過による関係者の記憶の減退というものがありました。法律の専門家であれば、そんなことも知らないはずはないことです。

上記のような見方も出来るし、そういう思いが私の頭の中に浮かび上がり、駆け回ることもありますが、そんなことは承知の上で、それを上回る、個人の犠牲や負担を強硬に強いて余りある課題が、必要性として司法関係者にはあったのかもしれません。

控訴審の陪席裁判官から、陰茎がどうのこうのというトンチンカンな質問が出たときには、何を考えて裁判をしているのかと怪訝に感じたこともありましたが、刑事裁判というのはこういう一面もあると言うことは、知っておいた方が良い事実だと思いますし、そのようなタイトルを付けたモトケンさんも、刑事裁判においては、私の経験と正反対で逆方向の教示をなされ、刑事弁護の理解に腐心され、嘆息されてもいたようです。

こんな裁判を受け、17年以上も放置され、何を反省すべきなのか、被害者にどうやって謝罪すべきなのか、私は答えの見えない混乱を続けたまま、喘ぎ、もがきながら、なんとか生きながらえて来ましたが、生活もいよいよ綺麗さっぱり破滅寸前です。弁護士商売が作り上げた幻想も一役かっているように思えてなりませんが、私もそのような幻想に囚われた引きずられたまま、置き去りにされた孤児のような存在なのかもしれません。

刑事弁護が引き立てる多くの事件は、世間が注目を集める重大事件とともに、被告人が再び生きて戻らないか、20年以上社会に戻ってくることがない別世界の住人を対象にしたものが多いという印象があります。他にも、大勢の利害得失の絡んだ、経営、政治がらみの事件も好材料なのかもしれません。

いずれにせよ、私や安藤さんの家族が抱えるような問題は、歯牙にもかけられず、無視され続けてきた。このまま消えてしまえば、御の字というぐらいにしか、考えられてはいないのかもしれません。とにかく、資料を読んで、教訓を生かすという姿勢も皆無なわけですから、似たような立場に陥れば、なんの解決の役にも立たず、救済の途などありはしないと考えておいた方が良いのかもしれません。

共謀罪の成立が、そのような不幸を未然に防ぐ防波堤にもなり、また、加害者となりそれに巻きこまれる人や、その家族の生活をも守ることにつながると考えた時期がありましたが、共謀罪の反対者にも全く相手にされなかったという経過がありました。共謀罪の反対者の中には、足立昌勝関東学院大学教授のような裁判員制度の強力反対者もいるようですが、彼らの思い描く理想社会と、現実社会のギャップも、検察、警察の士気を低下させ、その他諸々の社会的矛盾を生み出し、加速させているように思えてなりません。

少なくとも現状の、検察、警察に対する理解とは程遠いものがあるはずで、危機をあおり自説の根拠として取り上げるのも、ラジオや電話さえ、まともに普及していなかった時代の話しが多いようです。

バランスのとれた法案の成立や修正のためには、知っておいた方がよい事実、問題として情報公開を行ってきましたが、驚異的とも思えるようなアクセス数の少なさです。それは重大認識の裏返しなのかもしれませんが、ここまで足並みがそろうというのも、とても偶然とは思えないところがあります。
2 告訴に至る経緯
2.1 報道機関及び報道関係者の皆様に対する御案内 報道
2.1.1 はじめに 2008-10-28 火

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弁護士ブログへのトラックバック送信について

1.4.9 弁護士ブログへのトラックバック送信について 2009-03-07 土

今日は11時半ぐらいに目が覚めました。まず、能登町健康福祉課の人から届いた手紙を読みました。手紙が届くことは、事前に母親から電話で知らせを受けいましたが、予想通り現実は厳しいようです。生活保護を受けるように勧めるようなことも書いてありましたが、生活保護を受けるとなると車の所有も出来なくなるそうです。そうでなくても、最悪今月いっぱいでインターネットの接続も出来なくなるかもしれません。そうなると当然ながら、ブログの更新も告訴状の情報公開も出来なくなります。

そういう事態にも備えて、今月中に書いておきたいことが沢山あるのですが、またしてもブログのアクセス数の少なさに気が滅入り、ほとんど手つかずで時間をつぶしてしまいました。18時頃から、ようやく気を取り直して書き始めたところです。

昨夜のメール送信の反応もほとんどゼロに等しかったようです。届いているのか、読んでもらえているのかも確認のすべがありませんが、メールサーバの送信エラーも結構な数で、一回送信すると決まって15件プラス27件ほどのエラーが届いています。内容が英語で書いてあることもあり、意味がよくわからないのですが、27件はメールの内容が全く同じなのか、一件のメールの件名に(27)と書いてあり、メールアドレスが無効というようなことが書いてあります。調べるとテレビ局のニュース番組のメールアドレスが対象みたいでした。新聞社の方でも2件、決まってエラーの返るところがあり、今年になってもう1 件増えて、3件になっていました。細かく調べていないのですが、現在はもう少し増えているのかもしれません。

こういう事情は、金沢中警察署でも把握しておいていただきたい現実ですし、警察に対して強い不信や、批判を向けて、公然と書き込みをなされている人もいるわけですから、そういう警察とのやりとりも、透明的に可視化させておくべきと言うのが、私の従来の方針でした。

午後になって、落合弁護士のブログ、モトケンブログ、元記者弁護士のブログのエントリに言及し、トラックバックを送信したのですが、アクセスがほんのわずかしか確認できず、トラックバックも先方のブログにおいて反映されていませんでした。いずれも承認制にされているようです。落合弁護士のブログは、比較的最近になって承認制になりました。知らない人も多いと思いますが、現職裁判官の人気ブログで、脅迫行為があり、刑事事件に発展したそうです。そのブログは、現職の裁判官が実名を公開して運営されていました。これもなかなか信じがたいような現実でしたが、裁判官のなかにはそういう人もいたようです。残念なことにそのブログは閉鎖になりましたが、サイトの運営自体は別の現職裁判官の人に受け継がれました。こちらは実名ではありません。

法曹というのは、裁判官、検察官、弁護士をひっくるめた言葉ですが、法曹関係者のブログというのはかなりの数存在し、コメント欄を見ていても、かなり活発な交流があるようです。私は、2005年の11月(goo)、12月(hatena)からブログを始めましたが、当初より活発に、それらのブログにもトラックバックの送信や、コメントの投稿を行ってきました。廣野秀樹という実名を使うことが多かったですし、私のブログの存在や名前はよく知られているはずなのです。しかしながら、反応は乏しくなるばかりで、今では見切りをつけられ、まったくに近く相手にされていないとしか、考えることができない現状です。

関係者の実名や裁判の資料を公開してきたことにも、問題視された傾向がうかがえますし、元検弁護士のブログでは、はっきりとその点を指摘されています。ある程度具体的なことは、既にこの告訴状にも何度か書いてあるはずです。

このような説明もこれまでに何度か繰り返して来たと思いますが、この度、改めて触れるのは、司法問題を取り巻く情勢が風雲急を告げるかのごとく、一転、にわかに曇りだし、きな臭さを帯びてきたからです。小沢氏の秘書が政治資金規正法か何かで東京地検特捜部に逮捕されたことに端を発しますが、それに絡んで国策捜査という問題が再びクローズアップされているようです。政治に疎い私でも、その問題の大きさはただ事ではないと感じました。さらに、検察不信や、実施が間近に迫っている裁判員制度の問題を孕み、政権が根底からひっくり返るかもしれない国運を左右する一大事なのかもしれません。

世界的な大不況に突入していることは周知の事実ですが、現状に逼迫し、不満のある人は、新たな政権への期待をふくらませるというのも道理があるように思えます。公約なのかわかりませんが、民主党の代表で次期総理大臣とも目されていた小沢氏は、民主党が政権を握れば、裁判員制度を廃止すると明言されていたそうです。裁判員制度の実現にひとかたならぬ、熱意で尽力してきたのは検察のはずですが、なぜ、検察がそこまで熱心に取り組むのかと言うことを真剣に考える人は、ほとんどいないのではないかと、ずっと前から考えてきました。民主党が政権を握って、世の中が本当によくなるのかどうかもわかりませんが、仮に破滅的な方向に進んだとしても、取り返すことは出来ず、それを危惧した権力者が、国策的な強権を発動したという可能性は否定できませんが、いずれにしたところで、私が取り上げてきた問題とは直接何の関わりもないことです。

共謀罪成立の反対運動の時もそうでしたが、私の問題の存在はなんら意味のないものとして、顧みられることはありませんでした。ああいう風潮がなかったとすれば、もう少し、関心も引いて、相互理解から徐々に広がる方向に進めていたのかもしれません。邪魔者は徹底的に無視するのか、という疑念は払拭することが出来ませんし、不都合を含んでいるが故に、遠ざけられているのかもしれません。何しろ、先に進むとっかかりすらつかむことが出来ませんでした。

裁判員制度というのは、弁護士にとって営業上、生活上の負担を過重するものですから、大反対の声が上がっても不思議はなく、正面から反対すれば、国民の不信や反発も買いかねないので、時間を掛けた深謀遠慮で、じわじわとなし崩しにしていく、勢力はあるように感じていました。私の存在など相手にせず、放置無視することが最善の対策だったのかと思うこともあります。

それこそ、被害妄想的で、そういう性格が17年以上も前の裁判に対する執着に繋がっていると評価されるのかもしれませんが、どれほど具体的で大きな問題が、なおざりに放置され、風前の灯火の瀬戸際に立たされているのかと言うことも、独りよがりな独自の理屈にしか映ることはないのかもしれません。

現在は大恐慌とも言えるような未曾有の不景気の真っ直中ですが、弁護士業界は、それより一足早く、数年前から危機的状況に陥り、不祥事もあとを絶ちませんでした。彼らの多くも生き残りに必死なのかもしれませんが、役にも立たず、不可解な理屈を振りかざしているだけでは、自壊の途を辿るだけなのかもしれません。弁護士が不在の司法問題、ということもこの告訴状の問題の特徴の一つになってしまった気がします。

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2009年3月 3日 (火)

法務省からのアクセス

 今朝送信したメールの反応だと思われますが、Google Sitesの方に74件ほどのアクセスがあったみたいです。取り付けてあるおもちゃのようなアクセスカウンターでの確認です。これはユニークアドレスを一件のみとしてカウントする設定になっており、セッションが異なってもカウントが増えることはないみたいなので、純粋に一日あたりの訪問者数が計算されているようです。

 メールでご紹介した「平成5年9月7日名古屋高裁金沢支部判決」についてご説明したいところですが、連日睡眠時間が不足がちな上、仕事も忙しかったので結構疲れています。時刻の方も21時40分を過ぎているので、今回も少ししか書けそうにありません。

 ところで、この文章も告訴状の一部として折り込む予定ですが、先日作成、開設したココログフリーの記事として投稿します。現在編集中なのですが、これもEmacsで書いています。Firefoxのプラグインで、入力フォームの編集を指定したエディタで行えるものがあるのです。これまでの告訴状の作成もEmacsで行ってきましたが、時間の余裕があるときに告訴状のファイルの方にコピペする予定です。コピペというよりinsertにすると思いますが、Emacsでは、これもC-x iで簡単に行えます。

 ココログフリーのブログについても先に少し説明しておきたいのですが、予想以上に機能が豊富で、かなり気に入ってしまいました。アクセス解析も付いているのですが、本日、「法務省」からアクセスがあったみたいです。ココログでは「生IP」という露骨な名称になっていますが、アクセスのあったIPアドレスを確認することが出来ます。これは「はてな」でも出来たのですが、月に180ポイントの有料オプションが必要で、半月ほど前に切れたままになっています。クレジットカードでは500ポイント(500円)単位で購入できるのですが、支払いの目途も立たないので、金額がわずかでも使うことが出来ません。IPを知りたいというこだわりは強くないのですが、状況を把握するには便利であり、実際、法務省からアクセスのあったことを知ることが出来ました。はてなのブログでも以前なんどか法務省からアクセスがあったと思いますし、最高裁判所からもあったと思います。法務省というより法務省所属の検察庁という可能性も低くはないと思いますが、いずれにせよ、注目していただければ、意思の疎通も滑らかになりそうですし、やり甲斐も出ます。

 ココログにもアクセスカウンターが付いていますが、これはココログのサービスによるものであり、PV数が表示されているみたいです。今のところアクセス数も少ないので、たまたま法務省のIPが確認できたのですが、数が増えてくれば、見落としも多くなると思いますし、いちいち調べるのも時間が掛かります。今回も細かく調べていないのですが、どうもGoogleから「廣野秀樹 金沢」と検索を掛けて繋がってきたみたいです。

 これまでは「はてな」を情報公開のメインにし、Bloggerのブログも有力候補に考えてきたのですが、当面は、告訴状関係の情報に的を絞って、ココログフリーのブログを使っていこうと考えています。Bloggerのブログはトラックバックが使えないことが難点でした。過去記事の一覧表示にも問題がありました。はてなは、独自の機能も盛り沢山で、使い慣れていることもあり、さらにエントリの書き込みも簡単にできます。そのような便利さが仇になって、エントリ数が増えがちで、人の目に触れないうちに流れたり、情報を探すのに手間取ることが危惧されました。他に「はてな」の良い点は、はてな記法というのを使って、プログラムのソースコードを表示するのに便利でした。これは自分自身の備忘録という意味合いが強いのですが、告訴状関係の記事と混在させると、全体的な内容が拡散して薄まりがちでした。作成している本人ですら、数ヶ月すれば状況の把握がしづらかったぐらいですから、読み手の方はいっそう難儀するだろうと予想されました。リンクを張りまくるというのも一つの手でしたが、これもブラウザを使い慣れていない人には無理があるように思われ、慣れていてもやはり不便が大きいと思っていました。もっと目的、用途に合ったブログサービスがないものかと探し回ったのですが、ココログフリーのブログが一番良さそうです。これも不便がないわけではなく、記事の表示幅が狭くなるという問題は残っています。テンプレートの選択次第で、この問題も幾分解消できそうですが、今、使っている「とっても簡単君」のテンプレートはデザインも気に入っているので、しばらくここまま使うつもりでいます。

 それと、ココログフリーのブログでは、トップページの固定が出来、ホームページのディスクスペースも同じサービスになっているみたいです。試しにさっそくPDFをアップロードしましたが、普通のホームページサービスと同じようにアクセスできました。

 管理画面には少々使いにくさも感じており、機能もあまり調べていないのですが、アイデア次第で表現の幅も広がりそうですし、長期的に見た情報管理も比較的容易に行えそうです。ブログのタイトルも早い段階で「金沢地方検察庁御中」にしました。テーマに見合った内容に仕上げていきたいと考えています。

 以上新規ブログのご紹介になりましたが、今朝メールを差し上げた方々に、控訴審判決についても、少しご説明をしておきたいと思います。
 今までにも判決書の公開を行うことは何度か考えたことがあったのですが、結局実行しないままここまで来ました。一番大きな理由は、判決のインパクトが強すぎるということです。今まで、私が公開してきた情報をお読みの方であれば、比較も出来ると思うのですが、それにしてもインパクトの強すぎる内容に思えてなりません。私にすれば、それだけダメージも大きかったと言えます。裁判所の真意とも思いがたいのですが、とにかくこういう判決が出たということは事実です。この判決を法廷で聞かされた1時間足らずのうちに、私は革手錠をはめられ、保護房にぶち込まれていました。それだけ司法が理性を失ったとも思えるのですが、司法制度においてそれほど深刻な問題を含んでいたとも考えられます。司法からのテーゼ(問題提起)のように思えるのですが、正直、私も理解に苦しむのです。そんな問題を第三者にいかに理解してもらえるのか、ということも私には荷の重い、困難な課題でした。
 精神鑑定の請求をしたのは私選弁護人でした。一方的な主張で、私の同意も得ていません。今日、判決の内容を読んで、改めて気がついたのですが、弁護人は私のことを「被害妄想」だと主張しています。被害者本人が意思表示を出来ず、第三者に勝手気ままな供述をされて、具体的な反論の機会も与えられず、不当に重い判決を受けたのでは、反省はもとより、納得できるはずもないと思うのですが、これは私一人だけの問題ではないように思えます。

 これまで何度か経験してきたことですが、同じ書面でも時間をおいて改めて読むと、それまで気がつかなかった見え方がすることがあります。今回初めて頭に浮かんだ印象ですが、裁判所は痛切に警察の捜査、取り調べに対して、皮肉の当てこすりを含めていたのかもしれません。これは私が比較的最近になって意識するようになった問題でもあり、気がつくには優に10年以上の歳月が経過していました。
 福井を出たあと、金沢西警察署に行って話をしたのですが、応対した刑事のような職員は、やや挑発的とも思える口調で、「文句があるなら裁判所に言え」と言っていました。それが、金沢西警察署を代表する見解だったようです。
 被害者の父親は、私に対して、「文句があるなら警察に言え」と言っていました。捜査、取り調べをしたのは金沢西警察署であり警察ですが、起訴をし、公判を維持し、さらに刑の執行を監督したもの金沢地方検察庁です。文句がある対象だけを相手にして、よい問題なのでしょうか。これも私の情報発信、情報公開の目的であり、意義の一つです。
 弁護士の真意も測りがたいものがありますが、関係者らの供述調書が拘置所に郵送で差し入れられたのは、この控訴審判決を不服とした上告審の段階であり、同じ平成5年の12月の初め頃のことでした。

 金沢西警察署で供述調書を作成された関係者らを、被告訴人として、私は告訴手続きを進めています。犯罪の痕跡を隠蔽、糊塗するため、警察が利用されたという一面もありそうです。これが適正な刑事手続きに与える影響は、大きいはずですが、判決文を読んでどんな感想を抱かれたでしょうか。
 私も、職を失うことが決まったので、ようやく公開する踏ん切りをつけることが出来たような気がします。

 大雑把に書きました。しばらくの間、身辺整理にあわただしくなるので、あまり書けそうにありませんが、より踏み込んで具体的な説明を行っていきます。

追記:
 今回の投稿は、次のURLになっていました。
http://hirono-hideki.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-ccac.html

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