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2009年3月23日 (月)

より具体的な真実に近づいたものが勝つ

リンク: 会社法であそぼ。: 捜査と弁護.

 私は、特捜部の在籍期間は、あまり長くないので、「特捜検事」と言われると、気恥ずかしいのですが、特捜部に在籍していないときも、沢山の特捜事件の捜査に携わってきましたし、自分自身でそれなりの数の独自捜査をこなしてきましたから、そうした経験から感じたことを率直に話しました。

 検事は、警察等から送致された事件を処理する場合と、独自捜査(自分自身がつかんだ情報から事実を解明して事件を立件すること)の場合がありますが、私は、どちらかと言えば、独自捜査が好きでした。

 独自捜査では、どういう犯罪が誰に成立するかということもハッキリしない状態で、秘密裏に事実を明確にしていき、被疑者が捜査が行われているということに気付く前に、事件の本筋が動かないように固めておくことが重要です。
 捜索差押をやるタイミングや逮捕状をとるタイミングを図りながら、    動かない事実と
    動く事実と
    判明していない事実
を徐々に確定していき、
    動く事実を固定し
    判明していない事実を減らしていく
ことによって、事件の本筋が固まります。

 刑事弁護や刑事訴訟法の本などでは、捜査官が「事件の絵を描く」ことについて、予断に基づく捜査として非難されることがありますが、証拠は最初から捜査官の目の前に並べられているものではありませんから、限られた証拠をもとに
    このような事実があったのではないかと推論し、
    その推論が正しければ、必ず残っているはずの証拠を探していく
というのが捜査の王道です。

 ずいぶん久しぶりに訪問したブログですが、とても参考になることが書いてありました。会社法という縁のない話題とばかり思っていたのですが、そうではなかったようです。

 検察官であったことは知っていましたが、特捜検事であったことは今回初めて知ったかもしれません。豊富な経験と知識をお持ちのようですし、とても参考になりました。

 やはり商法関係のテーマが多そうですが、これからはちょくちょく覗いてみるつもりです。

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中山研一の刑法学ブログ : 迫力を欠く有罪判決

リンク: 中山研一の刑法学ブログ : 迫力を欠く有罪判決.

 3月9日(月)午前10時から大阪地方裁判所で、私も弁護人に加わっている刑事事件の判決公判がありました。公判開始前の緊張感の直後の裁判長の第一声は、被告人を懲役4年6月に処するという低い声で、弁護団が期待した無罪判決は得られませんでした。
 あとは、裁判長が判決理由の要旨を淡々と読んで行くのですが、その時間も比較的短いもので、法廷には冷たい空気が流れたままで終わりました。それは、事件の事務的な処理を思わせるもので、これが「人を裁く」ことなのかという疑問と深い挫折感を覚えました。
 この事件は、被告人が最初から否認を続け、自白も勾留もなく、最初は業務上過失致傷罪で不起訴になったものが、その後の1人の目撃証言を唯一の証拠として、故意の「危険運転致傷罪」に格上げして起訴されたもので、検察官の立証に熱意が感じられない反面、弁護側が多くの弾劾証拠をあげて、全力をあげて取り組んだものです。
 裁判所は、証拠調べには丁寧に対応したものの、最終の判決には、なぜか「迫力」も「説得力」もなく、これで被告人や弁護人の真摯な訴えに正面から答えたのか、答えようとしたのかという疑問が消えず、残念でなりません。有罪と決めた上で、その理由を説明するだけならば簡単なことですが、それが「合理的な疑いを超える」確信であれば、もっと「迫力」のある説得的な論証ができたはずだと思われてなりません。
 警察や検察の手抜きや不手際については、とり立てて問題にしないという甘い姿勢にも、この種の有罪判決の特色が見られるようです。控訴審に向けて、無罪判決を獲得することの困難さを、あらためて自覚させられた次第です。


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2009年3月20日 (金)

さるさる日記 - 阿久根時事報ーすべての客観性は偽装である。

リンク: さるさる日記 - 阿久根時事報.

くだらない事まで報道機関が大げさに取り上げてくれるので情緒不安定になる人々が少なくない。
私は報道の客観性を全く信じていないので何とも感じないのだが、
報道が作ってきた「客観報道という嘘」が悪影響を大きくしている。おかげで多くの人々は自分の感覚や道理さえ信じていない。この国は報道によってどうにでも操作できる状態になっている。

報道の嘘を指摘する私が彼等から嫌われ敵視されるのは当然だ。票を欲しがるはずの政治家がやりそうなことではない。おかげで私は支持している方からしょっちゅう叱られる。「聞く耳を持たない」などと言われる。

私の情報発信には意図がある。私が居なくなった後に地位や財産がなくても安心して暮らせる社会を作る事だ。
これに比べれば私が市長を何年か続ける事はたいしたことではない。私は多くの人々に社会の真実を知ってもらうことで近づけようと思っている。後に続く人を期待している。

 一月ほど前に、朝の報道番組がきっかけで知ったブログです。私には知識も経験も不足しているので、真偽の程度ははかりかねますが、確かに一理がありそうですし、自分がインターネットで情報発信を始めた頃の、初心に通じるものが感じられました。

 忘れかけた頃、久々の訪問になったので、他の記事は読んでいません。


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