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2021年1月26日 (火)

# 「コロナ前には「失われた20年」のはけ口として弁護士業界が「生贄」にされて大衆娯楽になった。」という高橋雄一郎弁護士のツイート

:CATEGORIES: #@kanazawabengosi #金沢弁護士会 #@JFBAsns #日本弁護士連合会(日弁連) #法務省 #@MOJ_HOUMU #高橋雄一郎弁護士 #弁護士業界

1149:2021-01-26_10:34:39 # 深澤諭史弁護士のタイムラインから行き着いた「弁護士が出るドラマで、いつも思う違和感は、こんなに一つの案件にかけている時間がないということ。」というツイート https://hirono-hideki.hatenadiary.jp/entry/2021/01/26/103435

 内容は上記エントリーに繋がりを含みます。ハラダという新規発見となる法クラアカウントのタイムラインで見かけたのが,本項でメインとなる高橋雄一郎弁護士のツイートです。

〉〉〉 kk_hironoのリツイート 〉〉〉
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RT kk_hirono(刑事告発・非常上告_金沢地方検察庁御中)|s_hirono(非常上告-最高検察庁御中_ツイッター) 日時:2021-01-26 10:56/2021/01/26 10:42 URL: https://twitter.com/kk_hirono/status/1353884426359304192 https://twitter.com/s_hirono/status/1353880875247693826

> 2021-01-26-104200_ハラダさんがリツイート高橋雄一郎@kamatatylaw·1月6日コロナ禍の不安と不満のはけ口としてこれまでいくつかの業界が「生贄」にされ.jpg https://t.co/d4sLfObVm8

※ @kk_hironoのアカウントがブロックされ,リツイートに失敗したツイート
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TW kamatatylaw(高橋雄一郎) 日時:2021/01/06 07:51 URL: https://twitter.com/kamatatylaw/status/1346590213896691713

> コロナ禍の不安と不満のはけ口としてこれまでいくつかの業界が「生贄」にされてきたよね。これは一種の大衆娯楽だ。コロナ前には「失われた20年」のはけ口として弁護士業界が「生贄」にされて大衆娯楽になった。朝日新聞なんかが「貧困化する弁護士」記事を楽しそうに報道していたよ。 https://t.co/e3YQfL2rNu

 ツイートに2つにすると,前段が,「コロナ禍の不安と不満のはけ口としてこれまでいくつかの業界が「生贄」にされてきたよね。これは一種の大衆娯楽だ。コロナ前には「失われた20年」のはけ口として弁護士業界が「生贄」にされて大衆娯楽になった。」になります。

 同じく後段が,「。朝日新聞なんかが「貧困化する弁護士」記事を楽しそうに報道していたよ。 https://t.co/e3YQfL2rNu 」です。

 失われた20年というのは,数年前に何度か見かける機会があったように思います。ロストなんとかとも呼ばれていたような気がします。弁護士とは無関係だったと思うのですが,確認もあるので少し調べてみます。

  • 失われた20年 - Google 検索 https://t.co/4uoH3EIC2M

  • 失われた二十年とは - コトバンク https://t.co/7gC4GHm3mI 日本で、1990年代初頭のバブル崩壊後、20年以上にわたって経済の停滞が続いたこと。また、その期間をいう。

  • 失われた二十年とは - コトバンク https://t.co/7gC4GHm3mI 2000年代半ばに金融機関や企業の不良債権問題やバランスシート問題が解決した後も、2010年代初頭まで日本の経済成長は低い水準にとどまった。

役職・経歴 明治大学法学部法律学科 卒業 東京大学大学院法学政治学研究科 法曹養成専攻 修了 最高裁判所司法研修所 修了 弁護士登録(第二東京弁護士会) 都内法律事務所勤務,参画 服部啓法律事務所 参画 第二東京弁護士会 非弁護士取締委員会 委員(平成23年4月~)、同副委員長(平成31年4月〜)
  • 自己紹介(弁護士 深澤諭史)|深澤諭史|note https://note.com/fukazawas/n/n543fb5353482

     確認しておこうと思って調べたのですが,深澤諭史弁護士のnoteのプロフィールには,弁護士会での役職以外に年度は見当たりませんでした。少しでも経験豊富に見せたいという意志なのかと推定しますが,これが逆効果にならないというのも現実感があります。

昭和58年山梨県甲府市生まれ。平成18年明治大学法学部卒業、平成21年東京大学法科大学院修了。平成22年司法修習修了、同年弁護士登録(第二東京弁護士会)。平成25年、服部啓法律事務所に参画。現在、第二東京弁護士会非弁護士取締委員会委員、同会弁護士業務センター副委員長等(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 『これって非弁提携? 弁護士のための非弁対策Q&A』より
  • 深澤諭史|プロフィール|HMV&BOOKS online https://www.hmv.co.jp/artist_%E6%B7%B1%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%8F%B2_200000001074080/biography/

     3ヶ月ほど前になるのか,ネットで初めて深澤諭史弁護士の出身地が山梨県甲府市という情報をみたのですが,上記のページには「昭和58年山梨県甲府市生まれ。」とあります。前にみたのもこんな感じのページでしたが,見落としがあったのかもしれません。

     なぜここに来て,初めて深澤諭史弁護士の生年がわかったのか不思議ですが,以前は時間を掛けて調べても,年齢を推定できる情報でさえ,なかなか簡単には見つからなかったのです。

     以前,法クラのTwitterアカウントの年齢層をグラフ化した画像のツイートがあって,深澤諭史弁護士の位置は37歳あありとなっていたと記憶にあります。一年ぐらい前かもしれません。

     計算すると昭和58年生まれは,今年誕生日を迎えて38歳ですが,昭和61年生まれの私の長男も同じく今年誕生日を迎えて35歳になるのだと気が付きました。月日の流れを感じるとともに,先を急がねばという気持ちになりました。

     この深澤諭史弁護士は,温泉に入った猿のアイコンを以前使っていたということもあるのですが,「お猿のかごや」という童謡を思い浮かべることも多いです。そこに,「ちらちら灯りは見えるけど,隣のお山はまだ遠い」というのがあります。

  • 【童謡】お猿のかごや - YouTube https://t.co/3nOK9qlKDn 75,176 回視聴•2019/02/03

     「隣のお山」ではなく,「向こうのお山」でした。とぼけた顔で頭にバナナを乗せたり,ラッパを吹く猿のイラストが出てくるYouTube動画ですが,一見,邪気がなく牧歌的というのかのどかに見える風景も,深澤諭史弁護士のTwitterやnoteに似た景色です。

     踏み込めば,弁護士の泥沼のような邪心と妖気を感じるのが,深澤諭史弁護士のタイムラインの特徴と分析しています。その怨嗟の矛先が,法科大学院であったり,司法制度改革であるわけです。深澤諭史弁護士らが諸悪の根源のように位置づけるところです。

     調べて確認したのが,「平成22年司法修習修了、同年弁護士登録(第二東京弁護士会)。」になりますが,西暦に直すと2010年になります。しばらく勘違いをしていたことに気がついたのですが,深澤諭史弁護士の弁護士登録を2012年と考えていました。

     深澤諭史弁護士らを表現するのにふさわしい言葉選びを思索しながら,面妖という言葉を思い出したのですが,官本で読んだ「能登怪奇譚」という本に,面妖を「面妖い」とするものがありました。読みは,能登の方言で「もっしょい」になります。

半村良「能登怪異譚」読了。 時代小説作家として著名な半村良だが、氏の作品に「箪笥」というなんとも不気味で異様な怪談があるのをご存知だろうか。 あらすじを書くとこうである。 昔能登地方のある一家に七人の子供がいたが、その末の3歳の子供が、夜になると箪笥の上に上がってちょこんと座るようになるのである。 昼間は働きに出ている父親がある夜不審に思い叱っても言う事を聞かず、妻に「いつからあんなことをさせている?お前がしっかり教育しないからだ」と問い詰めても、その妻の返答も何やら要領を得ない。 そうこうするうちに他の子供たちまでもが毎晩夜になると箪笥の上へ上がるようになってしまい、ついには・・。
  • 面妖(もっしょい)な物語 : ベッドルーム・ドローイング https://bedrecords.exblog.jp/27355217/

     方言について調べると,「能登怪奇譚」の読書感想文のような記事が出てきました。箪笥の短編も結末が思い出せないのですが,7つぐらいの短編集になっていたような記憶です。わりあい薄めの本で,昔話という感じで読みやすい内容でした。

     まだ調べている途中ですが,「もっしょい」は鹿児島弁で,強いという意味とのことです。昭和の時代,同級生などの間では,もっしょいと同じ意味で,「もっしい」とも言ったのですが,こうなると,面白いというより,疑わしいという意味合いがより強くなる気がします。

     似たような言葉というか方言に,「しったくさい」というのもあったのですが,これは疑わしいということを相手にストレートに伝える語感が強く,攻撃性もあるので,普通の会話では使われないと思いますし,使う人もいなくなっている気がします。

  • 能登の方言 https://t.co/6g1Vl6M3dS \n もっしょい(もっしい) \n \n おかしい、楽しい、不思議 \n \n 「楽しい」「不思議」の2通り

     昭和から平成,令和と時代の移り変わりで,町の雰囲気も人の性格もずいぶん変わっているのですが,昭和50年代,「もっしょい」という方言を使うときは,やはり,面白いとか不思議という意味より,いくらか柔らかめに疑わしい,胡散臭いあるいはおかしいという指摘をしていたように思います。

     「しったくさい」は疑問の意思表示ですが,「はんかくさい」というのがあって,バカやアホと似た意味ですが,やはり独自のニュアンスや使われ方がありました。子供をたしなめる時によく使われていたとも思いますが,ネットの情報では北海道の方言としてよく知られているようです。

     能登半島は北前船の歴史があるので,北海道の方言が交じるのも不思議はないのですが,実際は,それ以上の歴史的なつながりが,能登と北海道にはあるようです。蟹工船の話もありました。弁護士が使うような意味合いとは異なる,元の蟹工船です。

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n 小林多喜二の「蟹工船」を読んだのは中3の夏休み。世界で初めて蟹工船を操業したのが和嶋貞二という人だと知ったのは大人になってから。和嶋貞二は、ここ小木の出身だという。能登の人なのだ。

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n 母船式蟹漁を始めに試みたのは、富山県水産講習所の練習船「呉羽丸」で、カニ缶詰を1261函(函=二分の一ポンド缶八ダース入り)を生産した。蟹肉の洗浄は淡水でなければならないという常識をくつがえしたのはこのときで、新発見!といわれ

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n この成功は民間漁業家の注目を浴びていた。翌大正十年(1921)、商業用としては世界初となる和嶋貞二の蟹工船が函館港から北洋に向けて出港することになる。

     和嶋貞二という名前もすっかりわすれていたのですが,調べた情報の中で特に印象に残るのが,その最後でした。東京か横浜だったと思うのですが,大きな祝賀会のような会合があり,そのときに息を引き取ったという話であったと記憶にあります。

     ちょうど同じ頃,ネットの法クラの弁護士のツイートから知ったのが,TMI法律事務所の社歌のYouTubeだったのですが,1,2ヶ月ほど前も思い出して調べたところ,そのYouTube動画は,削除されたのか,ともかく視聴はできない状況となっていました。大きな祝賀会の動画でした。

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n 拿捕、連行される事件が起きた。ソ連側の裁判の結果、「喜久丸」は無罪、「俊和丸」など二隻は有罪となった。貞二は上告して無罪を主張するより、一刻も早く荻野船団長以下乗組員のもらい下げと船体の返還に重きを置いてかけずり回った。

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n 失意の蟹工船創始者の巧に報いるためか、業界はカニ缶詰の輸出組合をつくり貞二に理事長のポストを用意した。横浜で開かれた設立総会後の祝宴の席で貞二はにわかに倒れ、そのまま帰らぬ人となった。出漁断念の翌大正十四年(1925)五十三歳

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n 生前、貞二の友人たちは蟹工船の技法を専売特許に申請するように勧めたというが、これに対し貞二は「これは国家的な事業で個人が私すべき権利ではない」と答えている。

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n プロレタリア作家小林多喜二の小説「蟹工船」に託された過酷な労働が貞二の船でも行われたとの資料、証言はまったくない。 \n \n   (されど海へ 北國新聞社 p211~213より  下画像:同書口絵より)

  • 小木港と蟹工船 | 妄想オムライス https://t.co/PtTa00GbJB \n 参考 \n \n されど海へ 北国新聞社編 \n 北洋漁業の盛衰 大いなる回帰 板橋守那著 \n 北洋フロンティア 藤崎康夫著 \n 北海道歴史人物事典 北海道新聞社編 \n 蟹工船から見た日本近代史 井本三夫著

     2013年11月2日の記事だと確認しました。最初に見たことのある記事だと思っていたのですが,読んでいる途中の内容が記憶にはないもので,加筆で追記された可能性も考えたのですが,横浜の祝宴の席で倒れ亡くなったという辺りは,記憶どおりの内容です。

     最後の方の参考文献の紹介に,「北洋フロンティア」というのが出てきましたが,一昨日あたりに,深澤諭史弁護士が思い出したようにツイートで紹介していたのも,「二弁フロンティア」というような冊子でした。弁護士の開拓精神というのは法クラに共通して感じられる特徴でもあります。

     「コロナ禍の不安と不満のはけ口としてこれまでいくつかの業界が「生贄」にされてきたよね。これは一種の大衆娯楽だ。」というのが本項が取り上げるメインの高橋雄一郎弁護士のツイートになりますが,横浜ということで思い出したのも,野毛の大道芸のYouTubeです。

     さきほど調べた情報では,「失われた20年」は,1990年代初頭から2010年代初頭とありました。弁護士業界に深澤諭史弁護士が爆誕し,快進撃を歩みだすのが2010年となっていました。高橋雄一郎弁護士は弁理士の資格も持つ,特許関係専門の弁護士のようです。

     経済にも明るいというイメージがありますが,お酒の事業も手掛けながら,「勝訴」という銘柄に象徴される弁護士としてのこだわりというのも人一倍強く感じてきました。この「勝訴は,祝賀,祝宴という意味合いがとりわけ強く印象的でした。

     高橋雄一郎弁護士が大衆娯楽と卑下する「弁護士業界が「生贄」」は,道化という意味合いも感じさせるもので,やはり,大道芸やサーカスあるいは曲芸師につながるものを感じさせます。これは深澤諭史弁護士の言動にもしばしば感じてきた弁護士鉄道の成分要素になります。

     さきほどご紹介したページに,「和嶋貞二ものがたり」という小見出しがありましたが,まさに「深澤諭史弁護士ものがたり」で,それが高橋雄一郎弁護士の立志列伝のも重ねて醸す,人格反応,溢れ出るバケツの嵐のような社会現象を感じさせるところです。

     このあたりを,確認の作業を交えながら調査し,弁護士鉄道の歴史的記録として資料化しておきたいと思います。

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