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2020年11月25日 (水)

#### イワシを積みに行った舞鶴の港と,イワシの運搬でのサバの思い出

 平成1年の1月ごろだったと思います。一度だけ舞鶴の港に浜田漁業の運搬船のイワシを積みに行ったことがありました。最近,Googleマップで気がついたのですが舞鶴市内は大きく隣接した福井県に近い東舞鶴と一山越えた先の西舞鶴に分かれるようです。

 福井県から入った東舞鶴の港には国道27号線沿いに海上自衛隊の艦船が停泊していました。地図で見たところ現在の国道27号線は一山をつききって西舞鶴に出るようですが,平成元年当時はゆるく長い坂道の先に西舞鶴でも港のような海岸線が一部にありました。イワシを積みに行ったのはそちらになります。

 いつも国道27号線で通っていたところですが,港らしくはなく桟橋のような印象が残っています。他に見たことのない珍しい港湾施設という印象があり,それもずいぶん古い時代に整備された印象でした。その周辺の国道27号線沿い道路というのも古い時代の商店が軒を連ねているような印象でした。

舞鶴引揚記念館 - Google マップhttps://www.google.co.jp/maps/place/%E8%88%9E%E9%B6%B4%E5%BC%95%E6%8F%9A%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%A4%A8/@35.4984262,135.3527108,13z/data=!4m12!1m6!3m5!1s0x5fff8610825e9dbd:0x2f04ad3f83ebf8e1!2z6Iie6ba05byV5o-a6KiY5b-16aSo!8m2!3d35.5095447!4d135.3966883!3m4!1s0x5fff8610825e9dbd:0x2f04ad3f83ebf8e1!8m2!3d35.5095447!4d135.3966883

 前から気になっていた引き揚げ船の場所を調べたのですが,京都市内にもいくぶん近い東舞鶴の港を想像していたところ,少なくとも舞鶴引揚記念館の場所は,舞鶴市内で真反対とも見える位置で,東舞鶴の奥の方でした。

 この場所には見覚えがあったのですが,前にも気になって場所を調べたところ出てきたのがその辺りで,舞鶴女子高校生殺害事件の事故現場でした。周辺の状況を詳しく説明するブログ記事もその時読んだのですが,夜は車通りもなくずいぶんと寂しいところとのことでした。

舞鶴引揚桟橋http://tamutamu2015.web.fc2.com/hikiagesannbasi.htm

 場所の特定のために調べていて見つけたページになりますが,墨書きの書があって,「こだまする 引揚船の海鳴りに 天地もさけよ 今君帰る」とあります。これもしばらく前から気になっていた言葉で,「弁護士山にこだまする」というフレーズが度々頭に浮かんでいました。曲は少年探偵団です。

昭和20年8月8日 日ソ不可侵条約の一方的破棄による旧ソ連の参戦により発生した60万兵士のシベリア抑留(強制労働)と 満州における一般邦人(婦女子)の悲劇。この死没者の鎮魂のため、各収容所跡・墓地・自決地付近の小石を蒐集、納石し、断腸の思いも空しく異国の地に果てた同胞のため、引揚桟橋の傍に招霊の碑を建立する。

舞鶴引揚桟橋http://tamutamu2015.web.fc2.com/hikiagesannbasi.htm

 古い写真を見て気がついたのですが,桟橋という言葉のイメージが実際とは違っていたようです。桟橋という言葉のイメージが最初に出来たのは,記憶もぼんやりとなっていますが,広島県三原市の海になります。広島市内から福山市内までの国道2号線沿いで,海沿いは僅かそこだけだったとも思います。

 昨夜は「お猿のかごや」の駅の発着メロディから「かもめの水兵さん」のことを思い出し,調べたのですが,広島県三原市に記念碑と駅の発着メロディがあることは前回調べて知っていたものの,その作詞家が若い女性であったことは,ずいぶん意外な新発見に感じていました。

舞鶴クレインブリッジ(まいづるクレインブリッジ)(英語:Crane bridge) は、京都府舞鶴市の舞鶴湾奥北東部の平湾に架けられた斜張橋である。 概要 第二次世界大戦の終戦後に引き揚げの拠点となった舞鶴平湾に架けられた、鋼製の白い斜張橋である。1999年(平成11年)5月開通。

舞鶴クレインブリッジ - Wikiwandhttps://www.wikiwand.com/ja/%E8%88%9E%E9%B6%B4%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B8

 場所の特定に近づきました。「舞鶴湾奥北東部」とあります。私が舞鶴にこだわるのは舞鶴女子高校生殺害事件の京都の弁護士の対応と,それとは別に平成4年4月1日の逮捕の直後,金沢西警察署の留置場で読んだ2冊の小説の1つに「黒パン俘虜記」があったからです。もう一冊は「仮釈放」という本でした。

 極寒のシベリア抑留ということで,「雪の進軍」という曲の歌詞を思い出したのですが,「恤兵」という言葉の意味が,これまでの想像とは全く違ったものであったことに気が付きました。

 最近気がついたのですが,雪の進軍の歌詞には,「どうせ生かして帰らぬつもり」というのがありました。これまで聴いてきたものは全て「どうせ生かして帰さぬつもり」でした。「義理に絡めた恤兵真綿 そろりそろりと首締めかかる どうせ生かして帰さぬつもり」です。還さぬかもしれません。

 弁護士という職業,商売,稼業の倫理,宗教性,社会性について深く考えさせられてきたのが,光市母子殺害事件,大阪平野母子殺害事件,そして舞鶴女子高生殺害事件になります。いずれも弁護士の対応の特異性が際立つ事件,刑事裁判で,個人的には三大弁護士取り扱い事件とも言えそうです。

 イワシの運搬の仕事ですが,イワシには,けっこうな数のサバが混じっていました。魚群が近くにいるときは金沢港を出てから30分の漁場,いないときは舞鶴沖や新潟県の佐渡沖まで探索に行くという話でした。近くで獲れたものは鮮度抜群ですが,いつでも好きなだけ自由に持って帰ることができました。

 それでサバも家に持って帰って料理をしたのですが,自分で調理をするととても不味く,それに懲りて持って帰ることもなかったと思います。水洗いをやりすぎた上,水がたくさん残ったまま焼いたりしていたので不味かったのだと思います。味噌煮を作った記憶はなく,他に調理方法も考えませんでした。

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