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2020年8月 5日 (水)

1. はじめに

(1). 告発状本文の作成開始 ア. 準備の完了と今後の予定  8月4日となりましたが,いろいろと準備が完了し,いよいよ本件告訴状の本文作成に取りかかります。今月中を目途と考えておりますが,ぶっつけ本番というのが実際のところとなるので,成り行き次第,適宜変更をすることになると思います。

 準備というのは告発状の書面作成を行うパソコン環境の整備と,使用するアプリの選択でした。これがことのほか時間が掛かったのですが,最終的に選択したのはWindows10でのワープロソフト一太郎2019になります。

 告発状の本文と参考資料を分けるのも基本方針で,この参考資料の作成においては,Linuxのパソコン環境で主にテキストエディタEmacsを使って作業を行います。参考資料は本文の膨大化を避けるのが主目的になります。

(2). 予定する本件告発状の作成範囲と証拠資料 ア. 現在の記憶のみを基本とする記述  参考資料には,Twitterのツイートや記事の引用が多いのですが,本件告発状は事件の道筋とアウトラインを示すことを優先事項とするので,やや日時の特定にも不正確なところが出てくるかもしれないですが,現在の記憶での記述をベースにします。

 過去の記事やTwilogから調べるという方法もあり,これまでよくやってきたことですが,当面をそれを控えることで,要点を絞った簡略化を行いたいと考えます。

イ. 基礎とする証拠資料(名古屋高等裁判所金沢支部平成5年9月7日付判決) アルバム アーカイブ - 平成5年9月7日付控訴審判決(名古屋高裁金沢支部・小島裕史裁判長)(写真 5 枚) https://get.google.com/albumarchive/114099790846205945578/album/AF1QipNKvU2fMq7VGmIcdquGo7cGzk5Jq4JOOBjj4AtI?feat=embedwebsite

 今のところこの「2011/11/17 一般公開」とある判決書の写真をメインの証拠資料にしたいと考えております。一般公開とありますが,これは私が設定を勘違いしていて,3週間ぐらいかまえに一般公開に設定し直したものかもしれません。

 他にもインターネット上には公開済みの判決書の写真があると思うのですが,前に軽く調べたときに見つかったのはこれだけだったと思います。Windows10のパソコン環境ではやりづらいことなのですが,後で調べ直し,参考資料としてご紹介したいと思います。

ウ. その他の証拠資料  現在手元には,被告発人長谷川紘之弁護士が代理人となった損害賠償裁判の被告発人古川龍一裁判官の判決書があります。これもインターネット上に公開済みのものがあると思うので,そちらを資料として理由をご説明する予定です。

 今回,除外を決定したわけではないですが,市場急配センターの関係者の平成4年金沢西警察署作成の供述調書については,取り扱いの優先順位を下げて参照したいと考えています。

 私自身,何年も目を通していないもので,読めば書きたくなることもいっぱい出てきて想定している全体のバランスが崩れるという危惧があります。

 同様のものに平成5年11月28日付の手書きの書面があります。

 今,スマホの通話履歴で確認したところ6月4日となっているのですが,金沢地方検察庁の男性検察事務官から電話があり,今のところ最後となっている金沢西警察署刑事課強行主任からもあった日になります。

 ちょうどその頃,平成5年11月28日付の手書きの書面の一部を読んでいました。金沢西警察署刑事課強行主任の最後の電話があってからは,考えていることも変わり,読まなくなっていたと思います。

 微に入り細を穿つことになるのですが,全体像やアウトラインを優先させたためです。読むのも時間が掛かりますし,それにこだわっていると前に進める距離が短くなってしまいます。一方で,これは精緻な事実の記録という価値はあります。

エ. 平成5年11月28日付の手書きの書面について  これだけは御庁つまり金沢地方検察庁に提出されていない書面になるかもしれません。福井刑務所の受刑中,平成6年の11月になりますが,母親経由で被告発人被告発人木梨松嗣(金沢弁護士会)から郵送された一件記録の一部になります。

 たしか25日間の,懲罰が明けたのは平成5年の10月の中頃になると思います。書面に11月28日付けとなっているので,その間に作成し上告審での私選弁護人を依頼するつもりでいた被告発人被告発人木梨松嗣(金沢弁護士会)に郵送したものになります。

 被告発人木梨松嗣(金沢弁護士会)には,通常の便せんで手紙を送ることも多く,たぶん超過枚数の許可ももらっていたと思うのですが,拘置所の決まりでは免業日以外に一日2通,1通あたり便せん7枚となっていました。

 上告審で判決が確定する間際だったとも思うのですが,被告発人大網健二に48枚ぐらいの手紙を超過枚数の許可で発信した憶えがあります。

 たぶんそれを含めてですが,福井刑務所の出所後,早い時期に被告発人大網健二から特に説明もなく返され,それを金沢地方裁判所の再審請求の資料として提出したような憶えがあります。

 平成5年11月28日付の手書きの書面は,裁判所に提出した上申書と同じく,B4の罫紙で作成したもので大型封筒で郵送しています。認書の作成と大型封筒使用の許可を得る願箋を出しました。許可が出ないと作成も郵送もできません。

 被告発人木梨松嗣(金沢弁護士会)が私選弁護人となった控訴審の判決は,その平成5年の9月7日で,だいたい一月ぐらい,2,3週間前とも思えるのですが,郵送された書面で判決期日の指定がありました。

 私は,被告発人小島裕史裁判長の名古屋高等裁判所金沢支部に提出する上申書を作成中で,作成しながらできた書面を小分けに郵送をしていたと思います。

 時系列の事実経過で書き進めまだ平成4年の1月中だったと思うのですが,そこでいきなり判決期日の通知が書面で送られてきたのです。被告発人木梨松嗣(金沢弁護士会)からの説明はなく,何度手紙や電報を送っても連絡はありませんでした。

 そして判決のあった平成5年9月7日に問題を起こし,たぶん25日間,の懲罰の間は,筆記用具も私本も取り上げられ,書くことも読むこともできない状態でした。読むことができたのは,備え付けの「所内生活の手引き」ぐらいのものです。

 10月の中頃になると思うのですが,懲罰が明けたことで未決囚として普通に生活ができるようになり,控訴審の上申書でまだ書いていなかった時期以降を重点的に記述した書面になります。

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