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2020年7月26日 (日)

* 昨日図書館に返却してきた,「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」という本の最後に気に掛かる部分

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:CATEGORIES: 松山事件

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 返却日が28日となっていたのですが,昨日の25日,昼頃にAコープ能都店に買い物に行ったついでに返却をしてきました。まだ3日残っていたわけですが,ずっと長く手元にあったように思え,また,ずっと前に読んだ本という感覚が残っています。

 「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」は,2017年に出版された本で,国賠訴訟の取材をしていた記者2人が共同執筆した本のようでした。あとがきのような部分に松橋事件の再審無罪判決のことが書いてあり,それが出版のきっかけになったのかとも想像しました。

1984年(昭和59年)7月11日、無罪判決。28年7ヶ月にも及ぶ獄中生活に終止符が打たれて無罪となった斎藤は7516万8000円の刑事補償金を受け取るも、裁判費用の借金返済に消えた(再審請求以降の裁判費用は借金ができず、支援団体のカンパでまかなっていた)。故郷に戻り、仙台市の弁護士事務所で一時期、働くなどした。その後、鹿島台町の自宅に戻り、母と暮らしながら清掃員などとして働いた。アムネスティ日本支部などの団体で講演活動をしていたが、長期間死刑囚として過ごした間の年金は支給されず、晩年は生活保護を受給していた。精神的苦痛を理由に1億4300万円の国賠訴訟を起こしているが、訴訟内容は裁判費用の請求でなく精神的苦痛による損害賠償であるため、2001年(平成13年)に棄却されている(一方、足利事件と布川事件の冤罪被害者は刑事補償金以外にも裁判費用を受け取っている。)。斎藤は2006年(平成18年)7月5日に多臓器不全のため75歳で死去。母も2008年(平成20年)12月24日、101歳で入所先の施設で亡くなった。 [source:]松山事件 - Wikiwand https://www.wikiwand.com/ja/%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 再審無罪判決の判決が出た年を確認しようと調べたのですが,国賠訴訟が棄却されたのが平成18年とあって,意外に感じました。平成2年頃という考えもありました。確認は出来ないですが,国賠訴訟を起こしたのが平成2年になるのかもしれません。

 WikiwandというサイトはWikipediaを見やすく表示していると見たことがありますし,ページには「出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」という記載もあります。

 このページは,松山事件について調べて,最初の方に読んだもので,大きな衝撃を受けたものになります。「7516万8000円の刑事補償金を受け取るも、裁判費用の借金返済に消えた(再審請求以降の裁判費用は借金ができず、支援団体のカンパでまかなっていた)」という部分です。

 再審請求や冤罪を主張する刑事裁判では,鑑定の費用に大きなお金が掛かるという話を一度見かけた覚えがあるのですが,それもかなり前のことです。松山事件は多くの鑑定が出てきて,それで本のタイトルにある死刑捏造というタイトルを導き出したようです。

 たしか,血痕のついた布団の鑑定中に警察がその布団を持ち出し,別の鑑定人に鑑定させたというような話になっていたかと思うのですが,その過程に不正が介在したことで,布団の血痕を警察が捏造したという話になっているのかと思います。

 無実の人が殺人犯とされる事件で,他に無罪を示す事実がありそうなのに,弁護士が脇目もふらず物語を組み立て突っ走る情景を思う浮かべることが多くなり,これが銀河鉄道999のシーンとも重なった,まさに「弁護士鉄道」になります。

 たとえば,最近になって見かけた情報として,袴田事件で,犯人とされた袴田巌さんが,事件の数日前,被害者の娘にビートルズの日本公演のチケットをプレゼントしていたという話がありました。

 良好な関係性がうかがえますが,袴田事件では最も遺体の損傷が激しく,強い怨恨の可能性があるとされていた被害者でした。これは家出中の長女が真犯人とする説でしたが,その長女は,袴田巌が釈放された直後,死んだとされています。死因は問題にされていなかったように思います。

袴田事件の真犯人(長女)の定説!自殺と市川正三ヤクザの噂 | 生い立ち〜今 https://t.co/tJJaOEs404

 実名がある部分は消しておきました。警察は病死としているが自殺の噂とありました。やはり袴田巌さんが釈放された翌日に死亡とあります。警察の拷問のような取調べの描写もありますが,ここまでひどい描写は初めて見たかもしれません。

 「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」では,額を小突くのともう1つ似た程度の取調べの行き過ぎしかなかったように思います。また,それがそのまま判決文に記載されていたかもしれません。

 「蒔絵職人・霜上則男の冤罪―山中温泉殺人事件」では,石川県警察大聖寺警察署で,殴る蹴るの暴行を受けながら取調べを受けたという話があったように思うのですが,判決文にそのような行き過ぎた取調べを指摘する記述は一箇所もなかったように思います。

 山中温泉殺人事件は,一審の段階で,熱心な弁護士がついていたとあり,それも「蒔絵職人・霜上則男の冤罪―山中温泉殺人事件」を読んでの意外な発見でした。その弁護士の名前は判決文にも出ていたと思いますが,小松市の高齢の弁護士で,元検事とも書いてありました。

 山中温泉殺人事件と松山事件に共通したのは,犯行当時のアリバイで,それが家族によるアリバイでした。これが丁寧に吟味されたように感じました。家族のアリバイなどほとんど相手にしないのかと思ったのは,福井女子中学生殺害事件の再審請求がきっかけでした。

 再審請求で弁護士がそのアリバイを熱心に取り上げた様子はなかったと思います。今もあるのかわからないですが,再審請求書はネットで公開されていました。家族のアリバイの話はなにかで少し見かけただけで,あまり憶えていません。

 ほとんどネットの情報で調べていた福井女子中学生殺害事件ですが,なんども書くように被告発人小島裕史裁判長が逆転有罪判決を名古屋高裁金沢支部で出した事件です。一度,再審開始決定が出た頃で,テレビでも大きく取り上げられ,父親が市役所の職員と知りました。

 この福井女子中学生殺害事件については,前から取り上げておきたかったことと,少し調べておきたいことがあります。きっかけは3月に金沢市に行ったとき,書店で見かけた本のことで,まだ何も調べていません。

 松山事件は,Wikipediaに「訴訟内容は裁判費用の請求でなく精神的苦痛による損害賠償であるため、2001年(平成13年)に棄却されている(一方、足利事件と布川事件の冤罪被害者は刑事補償金以外にも裁判費用を受け取っている。)。」とあります。

 今気がついたのですが,布川事件は刑事補償金以外にも裁判費用を受け取っている,とあります。布川事件は一審で国賠請求が認められ,それも大きな金額となっていましたが,不思議と話題を見ることは少なく,それ以上に控訴審の情報がなかなか見つかりませんでした。

 このあと少し調べて確認をしておきたいと思いますが,布川事件の国賠請求はまだ判決が確定していないかと思います。国賠請求以外に,裁判費用を受け取ったということになるのか気になるところです。

 「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」の最後は,お墓でしたが,彫り込まれた文字に泥が塗りたくられているのを目撃したという,怪奇談のような話で締めくくられ,死刑判決の再審無罪に強い不満を持つ人間がいることが示唆されていました。

 もともと松山事件の事件現場周辺は,冤罪救済の聖地のような案内がされていたようです。支援者も多く,大きな金額のカンパが集まったとも本には書いてありました。しかし,支援者や弁護団の代表者らを,通夜の参列に拒んで追い返したというのが,長女のタミ子でした。

 「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」という本を読まないと,知りようのない知られざる事実かと思います。弁護士鉄道に利用され尽くした廃棄物とされたような思いや,弁護士鉄道に対する疑念,不信感が証明され光を放つような思いが交錯します。

 「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」では弁護士の恩義で,母親のヒデさんが家屋敷を売り払うことを免れた美談のようなことも書いてあり,たぶんその弁護士だったと思いますが,再審無罪で釈放され,すぐにその弁護士の墓参に行ったとも書いてありました。

 「7516万8000円の刑事補償金を受け取るも、裁判費用の借金返済に消えた(再審請求以降の裁判費用は借金ができず、支援団体のカンパでまかなっていた)」とWikipediaにはありますが,その後の国賠請求の費用というのが情報を見かけず,気になるところです。

松山事件 - Wikiwand https://www.wikiwand.com/ja/%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 「精神的苦痛を理由に1億4300万円の国賠訴訟を起こしているが、」とこれも上記のWikipediaにありますが,損害賠償請求のほとんどは逸失利益の主張で,慰謝料は子供が長年看病の末になくなっても,驚くほど少なかったという印象が残っています。

 ずいぶん無茶な国賠請求を行ったものと思いますが,これも弁護士らが一つの実験として事件を利用したように思えてなりません。人間的に問題があり,周囲との折り合いが悪く,次第に孤立化していったとも書かれていた晩年ですが,弁護士の問題性は,皆無に見かけていません。

 家は比較的裕福で,9人兄弟の大家族,その家族が長い年月,救援を続けた,というのもこの松山事件の特徴です。この死刑判決の再審無罪の事件内容を知るようになったのは,最近のことです。戦後混乱期の松川事件と混同していたのも目が向かなかった一因かと思います。

〈〈〈:Linux Emacs: 2020-07-26(日曜日)12:18  〈〈〈

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