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2020年7月21日 (火)

* 図書館で借りた「蒔絵職人・霜上則男の冤罪―山中温泉殺人事件」に繰り返し出てきたトルコ風呂白鳥,被告発人安田敏と消火器販売,大聖寺の病院のこと

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:CATEGORIES: 被告発人安田敏,山中温泉殺人事件,冤罪,金沢弁護士会,金沢合同法律事務所

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 トルコ風呂白鳥は,片山津温泉として「蒔絵職人・霜上則男の冤罪―山中温泉殺人事件」に記述があったと思うのですが,片山津温泉からは離れた場所で,小松市との境に近かったとも記憶にあります。長距離トラック運転手の仕事でその前を通ることがあったと思います。

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mozcで単語登録をしたところ,Fcitxのサーバが落ちてしまい,システムの再起動をしていました。サーバーの再起動で直らなかったのは初めてかもしれません。これまでに何度か経験している数少ないUbuntuの不具合です。

トルコ風呂 白鳥 加賀市 - Google 検索 https://t.co/XIEtCJMOfQ

 上記の検索でもそれらしい情報は見つかりませんでした。少なくとも昭和60年にはまだ建物があり,営業もしていたと思うので,付近の住民など記憶にしている人も少なくはないはずですが,ネットでは見つからない情報となっているようです。

 最近になってGoogleマップで気がついたのことは,加賀市の動橋が片山津温泉に近く,小松市からは離れていることで,私の記憶では動橋は粟津温泉と同じで小松市になるのではと考えていたほど,小松市に隣接した場所で,長距離トラック運転手以外にも仕事で通ることがありました。

 今,Googleマップを見ると,国道8号線が異なるルートとなっている小松市ですが,以前は小松警察署の前の広い道路を福井方面に向かうと,道幅が狭くなり対面通行となった辺りが粟津温泉の看板が出てくる辺りで,そこにもトルコ風呂の目立つ看板があったと記憶します。

 少し行くと国道8号線は加賀市に入るという標識があり,まもなく右手に入る陸橋のような道路があって,それがジェットコースターのコースのようにスロープになっていたと記憶にあります。その降り口の道路を左に行くと,すぐ右手にトルコ風呂白鳥があったと記憶にあります。

 割とその道路を通ったと記憶にあるのですが,考えられるのは佐川急便の加賀店に向かったことで,その加賀店については,反対方向の北陸自動車道の片山津インターから向かった記憶が多くあるのです。ちょうどインターの側に軽油グループのガソリンスタンドがありました。

 片山津インターから片山津温泉や妻の実家があった潮津に向かうときは,大きな交差点を右折し,右折したところに首荒い塚があったのですが,佐川急便の加賀店に向かうときは,その大きな交差点を直進していたと記憶にあります。

▶▶▶ kk_hironoのリツイート ▶▶▶

  • RT kk_hirono(刑事告発・非常上告_金沢地方検察庁御中)|s_hirono(非常上告-最高検察庁御中_ツイッター) 日時:2020-07-21 21:14/2020/07/21 21:13 URL: https://twitter.com/kk_hirono/status/1285548656267911171 https://twitter.com/s_hirono/status/1285548472259579911
> 2020-07-21-211306_芭蕉句碑加賀篠原古戦場首洗池.jpg https://t.co/LuxhwZYGXo

 確認もあるのでGoogleマップで調べたところ,「芭蕉句碑加賀篠原古戦場首洗池」と出てきました。テレビで津幡町のゆるキャラを見て倶利伽羅峠の古戦場について調べたところ,この首洗池の情報が出てきました。

 他に気になったのは,首洗池の前の道路が山中伊切線となっていることです。この山中伊切線は,昨日に読み終えた山中温泉殺人事件の差し戻し無罪判決の判決文に出てきたのですが,Googleマップで周辺を検索すると,山中温泉とはずいぶん離れた場所が出てきました。

加賀市伊切町 - Google 検索 https://t.co/rUMPbdjdMg]

 今回のGoogleマップの検索では範囲の表示がないのですが,昨日に調べたときは,柴山潟の河口から片山津インターの辺りが範囲になっていました。周辺をみると,この河口に間違いないと思うのですが,前妻の案内で一度,夜釣りをしたことがある場所で,月明かりがなかったのも印象に残っています。

 月明かりがなかったと思う割に,河口の周辺がよく見渡せたとも記憶にあり,魚釣りのしづらい場所で,まったく何も釣れなかったとも記憶にあります。

 片山津温泉が湖畔となる柴山潟ですが,2年ほど前,小木港の東一文字堤防に釣りに来ていた片山津の人に聞いた話で,海に近いので小アジが釣れると聞いて驚いたことがありました。最近も,辻政信の出身地の検索で,動橋川が柴山潟にそそいでいると知って意外に思ったことがありました。

 大聖寺川という川の名前もほとんど知らなかったのですが,2年ほど前になるのか,テレビで桜の景色を見る屋形船の紹介を見たことと,それに近い時期に山中温泉の大聖寺川が関西から来た観光客が転落死したというニュースをテレビで見たことがありました。

 Googleマップでみると大聖寺川の河口は,ちょうど石川県と福井県の県境になっていて,県境に近いと思っていた橋立港からかなり離れていること,橋立港が意外に片山津インターに近いことがわかります。

 この橋立港も少し思い出があって,昭和59年の夏,金沢市場輸送の会社の指示で,海水を汲みに行ったことがあったのです。新田商店の仕事で,茨城県の現在の鹿嶋市に,あさり貝を運ぶ仕事でした。

 昭和58年の秋,消火器販売をやるようになった経緯,誘った被告発人安田敏が生きがいを見出し,トルコ風呂とともに主張と称し,のめり込んだことは,金沢地方裁判所や金沢地方検察庁に提出の書面に詳細に記述してあると思います。

刑事告発・非常上告_金沢地方検察庁御中(@kk_hirono)/「白鳥」の検索結果 - Twilog https://t.co/Zavds38F14

奉納\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語(@hirono_hideki)/「白鳥」の検索結果 - Twilog https://t.co/IpQmErNcJT

 あるかもしれないと思っていたのですが,加賀市やトルコ風呂に関連した白鳥のツイートは確認できませんでした。再審請求で有名は白鳥決定は,やはりけっこうな数があって,岐阜県の白鳥町が出てきたのも想定内です。

 消火器販売の中央防災では,加賀市出身という2人がいました。タイプは違った感じでしたが,ずっと中が良さそうな二人で,名前は忘れていますが,一人がジャガーの4枚ドアに乗っていたことは憶えています。そのもう一人として記憶にあるのがトルコ風呂白鳥になります。

 そちらの一人しか記憶にないのですが,昼間にトルコ風呂白鳥に行き,駐車場に長い時間待たされたのです。短くて50分,長くて80分ぐらいと思いますが,車の中,駐車場で待たされたのは時間が長かったと記憶に残っています。同じ車に被告発人安田敏がいたこともよく憶えています。

 中央防災の消火器販売では,同じ車にガソリン代や事故があった場合の弁償金を割り勘にするような決まりがありました。それで4人ほどで行動することが多かったのですが,別に大聖寺の病院に見舞いの付き合いに行ったことが記憶にあります。

 トルコ風呂白鳥のときは4人という記憶が不思議と残っていないのですが,大聖寺の病院のときは被告発人安田敏を含め4人だったと記憶にあります。古い個人病院で,当時の宇出津の持木病院に似た建物でしたが,さらに古い建物で,いくらか大きめだったとも思います。

 その大聖寺の病院のことをよく憶えていたのは,織物工場の慰労会で,片山津温泉に行ったとき,母親が心臓発作を起こして運ばれた病院だったからです。宇出津小学校の5年生か6年生のことで,昭和50年か51年のことです。

 母親が倒れて病院に運ばれたという話を聞かされたとき,ホテルのエレベーターでピンクショーという案内の放送が流れていたことをよく憶えていますが,その他のことは,昼に小松市のハニベ岩窟院で,地獄と仏の世界を見たことを憶えている程度です。

 その加賀市出身という2人の先輩とは,あまり一緒に行動したという記憶がなく,同じ日に,トルコ風呂白鳥と大聖寺の病院に行った可能性も高いと思うのですが,以前に記録したときは,割と鮮明に状況を記憶していたとも思います。

 その昭和58年の秋で,消火器販売は社会問題化しつつあり,金沢市内では無理ということで,石川県でも河北郡の津幡町の山間や,加賀市の方,福井県でも武生市の辺りに行ったという記憶があり,一度,被告発人安田敏と当時の珠洲郡内浦町一之瀬の方でもやったことがありました。

 私は出張と称する県外へ泊まり込みの消火器販売をやったことはなかったのですが,石川県内では難しくなり,ほとんどが出張になったとも被告発人安田敏は私に話していましたし,それで会う機会も少なくなりました。

 ちょうど,その昭和58年の12月のクリスマスイブの頃には,被告発人安田敏と会っていて,金沢市寺町の家族風呂に一緒に行くなどしていましたが,だいたいその頃には,石坂あたりの増泉一丁目の新しいアパートに被告発人安田敏は住むようになっていました。

 そのあとはほとんど会うことがなくなり,紹介販売で新潟市で留置場に入ったとか,新潟市でシンナーに手を出し,再び松原病院に入院したというような話を,それこそ風の噂のように聞いていました。その後,確かな消息のように聞いたのが,金沢市場輸送での氷の市内配達でした。

 割合はっきりした記憶として残っているのは,金沢市観音堂の被告発人安田敏のアパートで居候をしていたのは,昭和58年の9月の始めから11月の10日頃までということです。肌寒くなる頃でしたが,それでもコタツを見た記憶がなく,布団以外ほとんど何もないアパートでした。

 テレビがあったという記憶もないですが,退屈することはなく遊び回っていたと記憶にあります。満足に食事をとることがなく,同じような生活をしている少女は,病院に運ばれ,栄養失調と診断されたという話も聞きました。まだ試験場が側にあった頃の観音堂です。

 同じ頃,中央防災の消火器販売には,金沢地方裁判所の近くの兼六元町付近の児童養護施設で育ったという二人もいました。一人は兄が,以前,小林運送で長距離助手をしたときの,同い年の先輩でした。尾張町付近の料理屋のことも記録には記述されていると思います。

 その後,被告発人安田敏と一緒に紹介販売の出張をするようになったという羽咋市のIともう一人は,山口組と一和会の抗争のとき,鉄砲玉として拳銃を渡され,そのまま逃げたとも被告発人安田敏に聞きました。詳しく正確なことはこれも記録にあるはずです。

 同じビルに抗争中の山口組と一和会の事務所があるとも聞いたのが片山津温泉で,珠洲市三崎のSKと,別に兼六元町付近の児童養護施設で育ったというHMの二人が共通して同じ頃に所属したとも聞いたのが片山津温泉の暴力団事務所でした。

 その他にも輪島市出身で金沢で暴走族のリーダーをしていたKTのことなど,被告発人安田敏との間にはいろいろと繋がりがあり,ずっと気になっていたのは,被告発人安田敏が金沢市の繁華街片町でバーテンをしていた頃の交友関係で,私にも店に来るように電話を寄越していました。

〈〈〈:Linux Emacs: 2020-07-21(火曜日)23:08  〈〈〈

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