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2020年7月14日 (火)

* 「蒔絵職人・霜上則男の冤罪―山中温泉殺人事件」の読書と,ネット購入した新しいパソコン

:LOGBOOK: CLOCK: [2020-07-14 火 10:40] :END:

:CATEGORIES: 冤罪

〉〉〉:Emacs: 2020-07-14(火曜日)10:40  〉〉〉

 今日を木曜日と勘違いしていたことに気がついたのですが,それだけ金曜日からの時間が長く感じられます。その金曜日の7月10日に,図書館から連絡があり,取り寄せていた本を受け取り,家に戻ってからネットでパソコンの注文を行いました。

 その日は朝起きたときから体調がよくなかったのですが,今考えると,パソコンの注文をした直後にますます具合が悪くなって何度も寝たり起きたりを繰り返しました。ちょうど丸一日ほどで体調は回復したのですが,その具合の悪い合間にも,本は読んでいました。

 体調が回復したのが土曜日で,夕方に本を読むのをやめていたのですが,残りはもう少しになっていました。日曜日の朝に残りを読み始め,読み終えてしばらくしてからパソコンが届きました。今回は今までにない早い時間で10時40分頃の配達でした。

 撮影した写真を確認したところ7月11日15時33分として撮影されていますが,本を読みながら少しおかしいと感じ,ページ末を確認した時の撮影になるのですうが,「1985年7月29日 初版発行」と記載がありました。

 当初は差し戻し控訴審での無罪判決後の執筆と思っていたところ,本を読み進めながら,これは最高裁で再戻しを受け,無罪判決の公算が高まってからの出版になるのかと考えていたのですが,昭和55年7月となると,そのずいぶん前ということになります。それにこの本は実名が多いという特徴があります。

 もっともなぜか,巻き込んだとされる共犯者の名前が仮名になっていました。すでに判決が確定し服役中だったための配慮になるのかもしれないのですが,有罪判決が確定していたこともあり,なぜあえて仮名にしてあるのかという疑問は,ずっと持ちながら本を読んでいました。

1989年6月22日、最高裁は有罪とした判断材料である、検察側が主張する自白の信憑性に疑問があるとした。最高裁が検察側の主張に疑問を抱いたのは、従犯とされたAが自白したとする供述内容と、実際の被害者の状況があまりにも違ったためである。 [source:]山中事件 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 調べたところ,平成元年6月22日に最高裁が事実誤認を理由に2審判決を破棄差し戻し,平成2年7月27日に名古屋高裁金沢支部で無罪判決とあります。新聞で大きく掲載されたのを見たという記憶はあるのですが,時期や場所を含めあいまいな記憶となっています。

 時代背景の違いというのも大きいと思いますが,いろいろと考えたり,参考になる本ではありました。ただ予想とは違い,ほとんどルポライターの執筆にのみよるもので,伝聞性が高いとも感じました。家族の名前,関係者の名前なども実名となっており,それも判決確定前のことです。

 冤罪に巻き込んだとされる共犯者については,その自宅を特定できそうな情報の記載までありました。死刑判決から無罪となった本のタイトルに実名のある被告人も,事件発覚のきっかけともなった共犯者に対する加害行為では,強盗致死未遂の有罪で懲役8年となっています。

 冤罪に巻き込んだとされる共犯者もこの山中温泉殺人事件では懲役8年の有罪判決となっていますが,罪名が今ひとつよくわかりませんでした。普通の殺人罪でも軽く感じる量刑ですが,事件の内容からすると,借金の返済を免れる目的とされており,強盗殺人罪の成立がありそうな事件です。

1975年10月27日に金沢地裁は「主犯」とした男性Bに1人の殺人と共犯者への殺人未遂で有罪として死刑、最初に逮捕された男性Aを従犯として懲役8年を言い渡した。従犯とされた男性Aは控訴せず刑は確定したが、「主犯」とされた男性Bは控訴したものの2審の名古屋高裁は1982年1月19日に控訴を棄却した。 [source:]山中事件 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 上記の引用部分を読むと,「1975年10月27日に金沢地裁は「主犯」とした男性Bに1人の殺人と共犯者への殺人未遂で有罪として死刑、最初に逮捕された男性Aを従犯として懲役8年を言い渡した」と,強盗とはありません。

 死刑判決から無罪となった被告人については,1審は「共犯者への殺人未遂で有罪として死刑」とあり,別の箇所に「1審では口封じのための殺人未遂を認定した。しかし、その後の審理で強盗致死未遂事件とされ、強盗致死未遂事件として有罪が確定して懲役8年」とあります。

 最初に「強盗致死未遂」というのが不思議に思えたのも印象的なことでした。この致死というのは結果的加重犯になるはずで,そもそも致死の結果が発生していないのに成立を認めたことになるからです。

 殺人事件の発生が5月11日とされていて,これは新月の夜とされていますが,「強盗致死未遂」が発生したのは5月13日とされ,帰路につく農作業の人に目撃されそうな夕方の明るい時間帯とのことでした。

 被害者の所持金は25万円とされていたように思います。これは本の中で何度も繰り返し出てきました。昭和47年の事件なので貨幣価値に違いはありそうですが,仮に4倍としても100万円になります。私は小学生になった頃になりますが,10円,20円で買えるお菓子も多かった気はします。

ここでは、企業物価指数および消費者物価指数が1つの参考材料になります。企業物価指数を見ると、令和元年の物価は昭和40年の約2.1倍なので、昭和40年の1万円は令和元年の約2.1万円に相当する計算になります。また、消費者物価指数では約4.2倍なので、約4.2万円に相当するという計算になります(計算式の(1)、(2)を参照)。 [source:]昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか? : 日本銀行 Bank of Japan https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/history/j12.htm/

 本を読んで,事前の認識との違いを感じることは多かったのですが,なかでも大きかったのは,共犯者間の力関係で,体格も共犯に巻き込んだとされる人物が上回っていたとされ,「強盗致死未遂」が未遂に終わったのも,逆にねじ伏せられ,土下座をして謝ったような話でした。

 しかし,その「強盗致死未遂」の被害者が,一人で車に乗って逃げ出し,近くにいたアベックに助けを求め,熊に襲われたと話していたとのことです。刃物で襲われ深手を負ったようですが,加害者をかばったかたちにもなります。

 時刻は12時03分です。しばらく本を読み直し,確認をしたのですが,「強盗致死未遂」は5月13日ではなく5月14日でした。所持金は22万円とありました。やはりアベックに助けを求めたとありました。

 本には22ページに「捜査当局は,出嶋武夫の知人で山中町の木地製造手伝い川村重夫(仮名・当時二十四歳)を参考人として二十七日の朝,大聖寺署へ呼んだ。」とあります。見落としがあったかもしれないですが,本で仮名と見たのはこの人物だけです。

 読み直した1ページ目に,「昭和五十九年三月二日の夕刻,「八海事件」や「加藤新一老再審事件」で有名な呉市の原田香留夫弁護士とわたしは,山中温泉へ霜上則夫の両親を訪ねて行った。」とありました。

 この本を読む進んでいくと,「仁義なき戦い」や「最後の博徒」という昭和の時代の有名な映画のことが出てきます。「仁義なき戦い」も私が小学校の低学年の頃として記憶にあるのですが,広島を舞台にしたことは早くから知っていました。

 映画「仁義なき戦い」は,ずっと広島でも広島市内をイメージの固定観念としていたのですが,モデルとなった抗争の場所は呉市だったようです。

 広島県の呉市については,実際に行ったという記憶はないのですが,なぜか看板で呉市の入り口という場所までは行き,駐車場にいたような記憶が残っています。近くで荷物を積み込むことがあったのかと思いますが,ぼやけた断片的な記憶となっています。

 割と最近,注目した弁護士も呉市の出身となっていたことを思い出します。弁護士の名前が思い出せないですが,Twilogで見つかりそうな情報です。

刑事告発・非常上告_金沢地方検察庁御中(@kk_hirono)/「呉市」の検索結果 - Twilog https://twilog.org/kk_hirono/search?word=%E5%91%89%E5%B8%82&ao=a

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  • RT kk_hirono(刑事告発・非常上告_金沢地方検察庁御中)|kk_hirono(刑事告発・非常上告_金沢地方検察庁御中) 日時:2020-07-14 12:34/2020/06/05 13:57 URL: https://twitter.com/kk_hirono/status/1282881012783910912 https://twitter.com/kk_hirono/status/1268768879339159552
> そういえば前田恒彦元特捜部主任検事が広島県の出身という話を見ていたようなことを思い出しました。はっきりとは思い出せないですが,呉市となっていたかもしれません。広島で少年事件の弁護士といえば,光市母子殺害事件の今枝仁弁護士のことを思い出します。
広島県呉市に生まれる。広島県立呉宮原高等学校を経て、1990年に広島大学法学部を卒業。呉市の実家から1時間半かけて大学に通い、金沢文雄ゼミ(刑法学)に所属。旧司法試験を受けるため、一時期、大学院社会科学研究科法律学専攻の修士課程に在籍した[1]。 [source:]前田恒彦 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E7%94%B0%E6%81%92%E5%BD%A6

 確認が出来たことになりますが,弁護士ではありませんでした。前田恒彦氏は元検事ですが,弁護士登録をすることはないとも明言されているようです。

 「八海事件」もずっと前に少し読んだことがありますが,広島県でも山口県に近い場所という記憶があります。この八海は,新潟県の日本酒の銘柄として情報を見かけることがあったように思います。そのたびに,事件名のことも思い出していました。

〈〈〈:Linux Emacs: 2020-07-14(火曜日)12:41  〈〈〈

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