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2020年7月17日 (金)

* 一昨日の夜から読み続けていた「仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)832号 判決」という松山事件の国賠請求棄却判決,終わり近くに思い出した石巻の有頭エビ

:LOGBOOK: CLOCK: [2020-07-17 金 11:12] :END:

:CATEGORIES: 国賠請求,再審,再審請求

〉〉〉:Emacs: 2020-07-17(金曜日)11:12  〉〉〉

 たぶんネットで書くのは初めてになるかと思います。ささいといえば些細なことですが,割と強く印象に残っていた思い出で,ちょくちょくと思い出していました。それが有頭エビになります。

 仙台市の方から石巻市に入ったあたり,道路が二又になる突き当りのような敷地であったとも記憶にあるのですが,昔で言う庄屋のような大きな家でした。会社の看板は出ていなかったと思いますが,海産物の工場か大きな冷蔵庫に商品を入れているような家でした。

 古風な大きな家で,それ自体が珍しくもあったのですが,長距離トラック運転手の仕事で荷物を持っていったその石巻市の家で,おばあさんだったと思うのですが,揚げたてのような有頭エビをくれたのです。たまたま作っていた料理ができたタイミングだったとも思います。

 仙台市の方から来ると,石巻市のは入り口でしたが,石巻市での仕事のほとんどは日和大橋の向こう側でした。この有料道路の日和大橋を使わないと,石巻市内を大きく迂回することになり,そのときには石巻市内の中心部のようなところを通過しましたが,所持金を使いたくないときぐらいの通行でした。

 石巻市の水産業は,ほとんどが日和大橋を降りた先でした。降りるところに料金所があって,独特の強烈な匂いが周囲一帯に立ち込めていました。加工用の小魚の運搬で,道路が黒光りしていたのも印象に残っています。他に見ることのないそこだけの光景でした。

 日和大橋の料金所を出て,少し先の交差点を右折すると,突き当りに広い道路があって,その道路の海沿いが魚市場となっていました。当時,東日本最大とも聞いた石巻の魚市場でした。バラックを巨大化したような建物でしたが,長く続く建物でした。

 魚市場の二階の一部は,食堂になっていて大漁旗がいっぱいになっていました。テレビをみていると今はあちこちに海産物の土産物センターがあるようですが,当時それらしい鮮魚の直売所のようなもののを見かけるのは,新潟県の米山付近の国道8号線沿いぐらいでした。

 あるいは観光バスで団体客が来ていたのかと想像する,当時の石巻の魚市場の食堂ですが,そこで大きな有頭の海老フライを食べたのも印象でした。もうずいぶん前から珍しくなくなっていると思いますが,当時は見たことも聞いたこともない大きな海老フライで,誰かに話を聞いて知ったものでした。

石巻市 - Google マップ https://t.co/Rd6gcxR8Bm

 Googleマップで確認したところ,日和大橋が河口になる大きな川は,旧北上川となっていました。他にも有名な最上川かと思っていたのですが違っていました。この大きな川の川沿いにも大きな漁船が停泊し,川が漁港のようになっているという珍しい風景がありました。

 どれぐらい間があったのか記憶にないですが,宇出津の実家でも母親が冷蔵庫の冷凍庫に,有頭のエビを入れていたことがあります。小さな発泡スチロールの容器に入っていました。油で揚げたものを食べたと思うのですが,母親はめったに揚げ物を作らず,作るのも嫌がっていました。

 宇出津の実家で,いつのまにか新しくなっていた白い冷蔵庫でした。その冷凍庫に。小さな発泡スチロールの容器に入った有頭エビがあったこと,周辺の記憶がぼやけてしまっているのですが,印象的に記憶に残っています。

〈〈〈:Linux Emacs: 2020-07-17(金曜日)11:55  〈〈〈

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