« * 一昨日の夜から読み続けていた「仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)832号 判決」という松山事件の国賠請求棄却判決,終わり近くに思い出した石巻の有頭エビ | トップページ | * 第一貨物と同じく仙台市の運送会社として記憶と印象にあった三八五物流,「のらくろ」という古い漫画,昭和60年春の優水化成の東北での仕事 »

2020年7月17日 (金)

* 昨夜のうちに246ページまで読み進めていた「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」という図書館の本

:CATEGORIES: 再審

 難読でもあった「仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)832号 判決」を読み終えて,肩の荷がおりた思いがあります。「死刑捏造: 松山事件・尊厳かけた戦いの末に」も319ページまでなので,あとは気持ちに余裕を持って,今日中に読み終えることができそうです。

 熊本の女性の話や,ハンセン病の藤本事件のことも昨夜,読んでいた部分に出てきました。仙台の拘置所では同じ敷地内に未決と死刑囚が生活をしていたように理解される記述がありましたが,40人の死刑執行を身近で見送ったとのことです。

 「仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)832号 判決」ではまるっきりの真犯人扱いで断罪したような印象も受けたので,同時に異なる視点や立場での見解を読めたのも,変わった経験というか,不思議にも思える体験になります。

 母親が辻立ちをしていたという仙台市青葉区一番町は,検察庁や裁判所に近い場所で,人の多い仙台駅前よりその場所を選んだのは,検察庁や裁判所の職員に直接,訴えかける目的があったとのことです。

 仙台市で最大の繁華街が何番町であるかは知っていました。トラックステーションからタクシーで飲みに行ったことも一度あったのですが,山の方向という以外は,仙台市内のどの辺りになるのか分かっていませんでした。仕事では行くことのない場所とも考えていました。

 アーケード街の入り口というような話も本にあったのですが,仙台市内のアーケードでの暴走事件というのは,一連の類似の犯罪のなかでも最初に見たもので,印象に残っています。テレビでニュースになっていましたが,被害者が少なかったのか,他の事件ほど報道が大きくはなかったとも思います。

 運送会社の運転手が会社に対する不満を募らせたというのが,アーケード街暴走の動機になっていたと記憶にあります。そのだいぶん後になりますが,愛媛県の松山市内でも似たような事件があり,そちらは母親を同乗させていたとも記憶にあります。

仙台アーケード街トラック暴走事件(せんだいアーケードがいトラックぼうそうじけん)とは、2005年(平成17年)4月2日に仙台市青葉区の商店街「中央通り」(アーケード街)にトラックが侵入、暴走し、歩行者7人が死傷した無差別殺人事件。 [source:]仙台アーケード街トラック暴走事件 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89%E8%A1%97%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E6%9A%B4%E8%B5%B0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 調べたところ,記憶と時期は概ね一致していましたが,死者が3人出ていることや,その場で灯油をかぶり焼身自殺を図ったことなどは,記憶にありませんでした。死者は出ていない可能性があるとも考えていました。

2005年12月、宮城県仙台市青葉区内のアーケード街にワゴン車で進入し、買い物客7人を次々にはねたとして傷害の罪に問われていた53歳の男に対する判決公判が19日、仙台地裁で開かれた。裁判所は懲役3年の実刑を命じている。 事件は2005年12月25日夕方に発生した。仙台市青葉区一番町3丁目付近のアーケード街「マーブルロードおおまち」にワゴン車が進入。速度を上げながら約90mに渡って暴走し、買い物客を次々にはねた。この事故で子供を含む男女7人が打撲などの軽傷を負い、運転していた52歳(当時)の男は業務上過失傷害や道路交通法違反(ひき逃げ)の現行犯で逮捕された。 [source:]仙台で起きた2度目のアーケード暴走は懲役3年の実刑 | レスポンス(Response.jp) https://response.jp/article/2007/03/24/92922.html

 同じ年の4月と12月に2回,宮城県仙台市青葉区内のアーケード街で暴走事件があったというのも知らなかったように思います。12月の事件は死者は出ておらず,懲役3年の実刑という軽く感じる量刑となっています。

国道48号 - Google マップ https://t.co/UuMPMHbxHN

 昨日,国道47号線と間違って記述したと思う国道48号線ですが,今,Googleマップで再確認すると仙台駅や,仙台地方裁判所のすぐ近くを通過していることに気が付きました。未来都市にも見えるような場所があったことは印象に残っていて,仙台市内の中心部とは思っていました。

 この国道48号線は仙台市内に入るといつの間にか国道45線に変わり,そのまま多賀城市内の商店街を通過したとも記憶にあります。最初に塩釜市に行った頃,通った道路でしたが,その後は,給油所もある別の広い道路で塩釜市に向かっていました。

 石川県でも国道8号線のルートが変わっていることをGoogleマップでみているのですが,30年ほど前とは国道45号線のルートも変わっている可能性があります。塩釜市内をストリートビューで見ても,ほとんど以前の面影が残っていない気がしました。

 仙台市内の国道4号線から塩釜市内に向かうとき,陸橋になっていたのかも記憶にないですが,右手の広い道路に入ると,しばらくして左側に大きな駐車場のパチンコ店が2店と,それに隣接して大きな入浴施設がありました。今だとスーパー銭湯になるのかもしれません。

 左手にそのパチンコ店らの敷地があって,少し先に右手にガソリンスタンドがあって,いつもそこで給油をしていました。一光のカードを使っていましたが,特に大型車が集まるような大きなガソリンスタンドではありませんでした。

 国道4号線には,福島県から宮城県に入った岩沼市の辺りにも一光のカードの使えるガソリンスタンドがあって,仙台市に向かって左手でしたが,そちらはかなり大きなガソリンスタンドでした。少し手前で国道6号線が合流していたとも思います。

 岩沼市の先が名取市で仙台市の手前だったと思いますが,仙台市に向かって国道4号線から左折し,しばらく走った先に中越運送の定期便の荷降ろしをする運送会社がありました。福島県郡山市との2箇所おろしで,郡山市の方は中越運送になっていたと記憶にあります。

 名取市の運送会社の方が大きかったのですが,東北自動車道をどのインターで降りたのかを含め,余り思い出せなくなっています。なお,仙台市内に向かって左手というのは,海とは反対の山側になります。

 仙台市内の国道4号線は,広い道路でしたが,仙台南有料道路の入り口を越えてから広くなっていたような気もします。もうしばらく行くと,左手に第一貨物の大きなターミナルがありました。トナミ運輸の定期便は,この第一貨物で荷降ろしをしていました。

 駅のプラットフォームを大きくしたような第一貨物のターミナルで,ビルのような建物は記憶にないのですが,その敷地は,当時自分がみた運送会社で最大のものであったかもしれません。国道4号線からも目立つ建物でした。

〈〈〈:Linux Emacs: 2020-07-17(金曜日)14:19  〈〈〈

|

« * 一昨日の夜から読み続けていた「仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)832号 判決」という松山事件の国賠請求棄却判決,終わり近くに思い出した石巻の有頭エビ | トップページ | * 第一貨物と同じく仙台市の運送会社として記憶と印象にあった三八五物流,「のらくろ」という古い漫画,昭和60年春の優水化成の東北での仕事 »