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2020年1月30日 (木)

* 福井女子中学生殺害事件で最新開始決定を出した名古屋高裁金沢支部の伊藤新一郎裁判長(2011年当時)

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:CATEGORIES: 伊藤新一郎裁判官,福井女子中学生殺害事件

 当時の名古屋高裁金沢支部の刑事部の裁判体のことは記憶にないですが、名古屋高裁金沢支部で再審開始決定が出て、名古屋高裁本庁で取り消し、最高裁で特別抗告が退けられたとあります。

 ここで一人の裁判官の名前を久しぶりに思い出したのですが、再審請求を棄却されたときの裁判長の名前としても記憶にあるもので、テレビで見ていた法廷の映像で、平成11年8月12日の逮捕のあとに、金沢地方裁判所で勾留質問を受けた可能性の高い裁判官です。

 テニスでもやっていたような半袖シャツに短パンのようなラフな姿だったので、休庁日だったのだと思います。お盆期間中になるはずですが、私としてはほとんどお盆休みという感覚がなかった時期のことで、普通に仕事をしていたし、休みに入る予定もなかったように思います。

生年月日 S22.11.1 出身大学 東洋大 退官時の年齢 65 歳 叙勲 H24.11.1 定年退官 H22.3.8 ~ H24.10.31 名古屋高裁金沢支部長 H20.10.18 ~ H22.3.7 名古屋高裁金沢支部刑事部部総括 H14.11.6 ~ H20.10.17 名古屋地裁5刑部総括 H14.4.1 ~ H14.11.5 名古屋高裁判事 H11.4.1 ~ H14.3.31 金沢地裁刑事部部総括 H8.4.1 ~ H11.3.31 津地家裁松阪支部判事 H3.4.1 ~ H8.3.31 福岡地家裁久留米支部判事 S61.4.1 ~ H3.3.31 名古屋地家裁判事 S59.4.12 ~ S61.3.31 長崎地家裁佐世保支部判事 S58.4.1 ~ S59.4.11 長崎地家裁佐世保支部判事補 S55.4.1 ~ S58.3.31 大阪地裁判事補 S52.5.1 ~ S55.3.31 名古屋家地裁豊橋支部判事補 S49.4.12 ~ S52.4.30 福井地裁判事補 [source:]伊藤新一郎裁判官(26期)の経歴 | 弁護士山中理司(大阪弁護士会所属)のブログ https://yamanaka-bengoshi.jp/2019/02/24/itou26/

 私の知る範囲ですが、名古屋高裁金沢支部の刑事部の裁判体は1つだけです。高等裁判所の控訴審で単独の一人の裁判官の審理というのも聞いたことがありません。同じ山中理司弁護士のブログでは、数日前にも小島裕史裁判長に関する情報を見ていました。

2011/11/30付日本経済新聞 夕刊 保存 共有その他 1986年に福井市で中学3年の女子生徒(当時15)が殺害された事件の再審請求審で、名古屋高裁金沢支部(伊藤新一郎裁判長)は30日、殺人罪で懲役7年の実刑判決が確定し、満期出所した前川彰司さん(46)=福井市=の再審を開始する決定を出した。伊藤裁判長は決定理由で「有罪の根拠となった複数の… [有料会員限定] この記事は会員限定です。電子版に登録すると続きをお読みいただけます。 [source:]福井の女子中学生殺害、再審決定 名古屋高裁支部「知人証言に疑問」  検察、異議申し立てへ :日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGKDZO36884920Q1A131C1CC0000/

 2011年11月30日、やはり伊藤新一郎裁判長であったと確認をしました。伊藤新一郎裁判官のことは、今日まで余り思い出すことがなかったとも思いますが、テニスをしていたような服装で勾留質問を受けた状況は、最近も思い出すことはあったと思います。

 この地方裁判所での勾留質問については、もう一つよく覚えているニュースがあって、金沢刑務所の拘置所で購読していた新聞紙だったと思いますが、富山地裁で右翼団体の人物が勾留質問の裁判官を殴り倒したという記事を読んだことです。

●富山県立近代美術館を舞台にした事件だった 判決文によると、「昭和天皇コラージュ事件」は次のようなものだ。 大浦さんは1986年3月、昭和天皇の写真と女性のヌード写真などを組み合わせたコラージュ版画『遠近を抱えて』(14点)を富山県立近代美術館(当時)の展覧会に出品した。展覧会中は「何事もなく公開されていた」という。 県立美術館は同年3月、大浦さんの作品のうち4点を購入して、所蔵することにした。また、6点の寄贈を受けた。 ところが、同年6月、複数の県議会議員が県議会で「不快感を覚えた」と表明したことが大きく報道されたことがきっかけで、問題化した。右翼団体が県立美術館に対して、作品の非公開や廃棄処分を強くもとめる事態に発展した。 こうした状況を受けて、県教育委員会は1993年1月、作品と図録(カタログ)を非公開としたうえで、図録は非売品とした。さらに1993年4月、管理運営上の障害と、昭和天皇のプライバシー侵害のおそれを理由として、作品と図録の売却処分を決定した。 この間、特別閲覧許可の申請があったが、県は不許可処分としていた。 [source:]「表現の不自由」騒動、20年前には裁判も…「昭和天皇コラージュ事件」を振り返る | ニコニコニュース https://news.nicovideo.jp/watch/nw5752601

 昭和天皇の裸体として、当時の新聞で記事をみていたと記憶にあったのですが、調べるとこの「昭和天皇コラージュ事件」のことのようです。昭和天皇ご本人の裸体ではなく、女性の裸体との組み合わせであったようです。昭和61年3月が出展で、県議会での問題視の報道が同年6月とあります。

 その前に「勾留質問 裁判官 殴る」などとGoogleで検索していたのですが、情報は見つからず、勾留質問で裁判官が殴られるというのはよほど珍しい事態であったのかもしれません。

 この勾留質問は、平成4年4月と平成11年8月の2回、同じ金沢地方裁判所で受けていますが、特に警戒の様子はなく、注意を受けることも事前に説明を受けることもなかったと思います。特に初めに経験した時は、まったく状況が飲み込めずにいました。

 なお、勾留質問については、先日も金沢西警察署の警察官の話として「町のダニ」のことを記述しました。

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