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2016年6月25日 (土)

被害者AAさん原告代理人となった被告訴人長谷川紘之弁護士がもたらした市場急配センターの利益と発展

被害者AAさん原告代理人となった被告訴人長谷川紘之弁護士がもたらした市場急配センターの利益と発展

2016-06-20 月曜日 08:09 >>[[ ←これからの記述範囲の開始時刻]]>>

深澤諭史さんのツイート:”偽りの記憶が「史実」になる恐れ、戦争証言とメディアの責任http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post_19.html
引用:知っていることでも平気で知らないと言うし、記者さんが間違っていても訂正してあげたりはしない。それで誤報した記者さんが信用を失い、又は次のネタを書くのに萎縮してくれたら、こちらに有利になるかもしれないからだ。http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post_52.html
深澤諭史さんのツイート:”「弁護士は、今まで過払い金返還請求で儲けてきたが、これが下火になったので、次なる金脈として●●に注目している」って、その●●業界の人が言うケースが多いですね。http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post_20.html
モトケンさんのツイート:”古市憲寿を社会学者と称する人がいるようだが、ウィキペディアでは社会学者とは言ってないな。いずれにしても、社会常識に欠ける人間を社会学者と呼ぶのは片腹痛いなw”http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/w.html

 まずは、上記4つのブログ記事をご紹介しました。先の二つは昨日の朝に投稿したもので、後の2つは先ほど朝起きてから投稿したものです。いちいち言及できないのも残念ですが、これから書く内容とも関連性があるので、参考にしていただければと思います。

 これも昨日の朝になりますが、市場急配センターの検索結果とホームページのスクリーンショットを作成しました。今しがたまとめたのが次のブログ記事です。

市場急配センターの検索結果とホームページ(2016年6月19日)http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/2016619.html

 昨日になりますが、夜中に夢を見ていて出てきたのは現在、市場急配センターの社長の可能性の高い堂野さんでした。七尾の山奥の場所でお祭りが行われていて、神社に入ると堂野さんが現れて、ほとばしる涙を足の先のようなところから吹き出していたという不思議な夢でした。

 堂野さんのことも「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」に書いてきたと思います。そこにも書いたと思いますが、平成4年4月の事件前、最後に会ったのは群馬県の高崎市の近くにある山奥のような場所の大きな火薬工場でした。

 次に会ったのが、平成10年の11月の20日頃の日曜日、被告訴人松平日出男との会見に、労務の担当者として話を聞いておく必要があるなどと同席したときのことです。当時既に事実上のナンバー2という感じでしたし、堂野という名前は同じなので、高確率で現在の社長だと考えています。

 市場急配センターのホームページで代表者の名前が、被告訴人松平日出男から堂野さんに変わった時期も、あまりはっきりとは思い出せなくなっていますが、平成20年ころには変わっていたように思っています。

 会見の打ち合わせをしていた平成10年の秋か、あるいは私が福井刑務所を出た後の平成9年中だったと思いますが、電話で被告訴人松平日出男が、鼻の癌で手術をしたと話していました。

 昨夜はテレビで21時から日曜劇場『99.9-刑事専門弁護士-』の最終回をみていましたが、同じ時間NHKでは二夜連続の「キラーストレス」の特集をやっていました。一夜目の一昨日土曜日の夜は、初めのうち見ていたのですが、すぐに眠くなっていつの間にか眠っていました。

 テレビで見てネットでも調べたことがあるのですが、鼻の癌というのは手術後の再発率が高く、数年内の生存率がかなり低い部位の癌であるとのことでした。確認の術はないものの現在、被告訴人松平日出男が普通に生活している可能性は低いと私は考えています。

 平成4年4月の事件の時、被告訴人松平日出男は金沢西警察署に4回ぐらい面会に来ていて、最後に来た時だったとも思いますが、一度だけ被告訴人HTNと二人で来ました。被害者AAさんの意識の回復がほぼ絶望的という時期で、それにつれ被告訴人松平日出男も活力を取り戻していました。

 拘置所に面会に来たのは一度だけで、8月の中頃だったと思います。木梨松嗣弁護士の初めての接見と同じ日だったかもしれません。お盆休みが終わった直後の頃でした。

 憶えているのは、午後に京都の母親の兄弟の次女夫婦が面会に来たことで、その日は午前中にも面会があったので、職員にきつく、くどく注意を受けたことです。というのも面会は一日に一回だけという決まりで、京都から来たということで無理に許可をしたという話でした。

 拘置所で見た被告訴人松平日出男は、前回、金沢西警察署で見た時とはまるで違って、頭から顔全体がしぼんだ梅干しのようになって、見るからに憔悴しきっていました。この変化に思い当たる節は、手紙で被害者AAさんの意識が回復したことを伝えていたことです。

 この時、被告訴人松平日出男は「嘆願書でも何でも書いてやるぞ。」と言っていましたが、その後、木梨松嗣弁護士に嘆願書のことを話すと、憤ったような様子を見せ、無意味だし裁判所が受け取らない、と言っていました。

 当時、被告訴人松平日出男と木梨松嗣弁護士を関連付けて考えることは全くなかったと思います。これまでに書いてきたと思いますが、木梨松嗣弁護士のことは、京都の母親の兄弟の次女夫婦と強く関連付けて考えていたからで、それは面会の時の母親の説明によるものでした。

 何度も繰り返しになっていると思いますが、とても大きなポイントとしてご指摘しておくことは、2012年8月12日か13日になって初めて、京都の母親の兄弟の次女夫婦と木梨松嗣弁護士は無関係で、更に木梨松嗣弁護士を紹介したのは被告訴人大網健二だったという事実です。

投稿者:s_hirono(非常上告-最高検察庁御中ツイッター)日時:2016-06-2010:01ツイート:https://twitter.com/shirono/status/744696694772629504
ハピネス学園理事長という石川県のPDFファイル、被告訴人大網健二、パソコンの画面を撮影したデジカメ2007年03月08日23時19分38秒.jpghttps://t.co/zUZV4136sy

 数日間中断をしていましたが時刻は6月23日10時44分になっています。あと一週間ほどでこの告訴状を仕上げる予定なので、残された時間が限られています。

H06-07-05
訴状金沢地方裁判所民事部A係http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/h06-07-05a.html
H07-07-27
判決金沢地方裁判所民事部A係http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/h07-07-27a.html

 さきほど、長谷川紘之弁護士が原告代理人となった民事裁判の訴状と被告訴人古川龍一裁判官の判決の写真をアップロード、ブログの記事にしましたが、ページの並び順がおかしくなっていました。時間的な余裕もないので今回内容に目は通していません。

 この項目では長谷川紘之弁護士に焦点を合わせる目的ですが、事実関係を含め抱き合わせにする被告訴人を長谷川紘之弁護士に設定しました。長谷川紘之弁護士とは直接会ったことが一度もなく、もっとも身近でない被告訴人とも言えます。

 なにより重要なことは被害者AAさんの訴訟代理人になっていることです。選任したのは被害者AAさんの父親AKさんと考えられますが、選任に至る経緯や関係性は、私には一切わからないことで、謎の多い部分とも言えます。

 法律事務所に飛び込みで相談したことや、金沢弁護士会からの紹介という可能性も否定できないですが、いずれにせよ、原告代理人として原告の利益を最大限に守る立場でありながら、私に対してはすこぶる攻撃的で、聞く耳もないと感じました。

 今回は、長谷川紘之弁護士作成の訴状に目は通しておらず、以前読んだのも何年ほど前か思い出しませんが、平成4年傷害・準強姦被告事件の原判決をそのままに踏襲した主張であり、関係証拠のようなものを無批判に引き合いに出した一方的な裁判でした。

 本書収録予定の記述範囲になるかとも思いますが、「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」には、判決を出した被告訴人古川龍一裁判官のことで、具体的な事実を書いていると思います。

 古川龍一裁判官は長谷川紘之弁護士の請求及び主張に対して、ほぼ満額に近い内容の判決を出しました。当時私が勉強をしていた法律の本によると、厳格な事実の証明が必要な刑事裁判より、原告被告ともに自由な主張の出来る民事裁判での事実の証明のほうが格段難しいという話もありました。

 福井刑務所で古川龍一裁判官の出張による被告である私の本人尋問があったときも、長谷川紘之弁護士の姿はありませんでした。出来レースとも八百長としか考えられないような民事裁判でしたが、3600万円の支払い判決が出ています。

 「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」に書いていると思いますが、被害者AAさんの父親AKさんは一度も3600万円の支払いを請求したことがなく、私からの振り込みのための銀行通帳作成の申し出も断ったほどです。

 気になる発言としてはその後の平成11年8月8日曜日の夜、スーパーの駐車場で、「刑事は終わった。今度は民事や。金どんだけ使ってもかまわん。お前をどこまでも苦しめてやる。」などと言ったことです。

 これは直前に被害者AAさんの父親AKさんが、私の友人を交え、自分の方でも用意する人物と一緒に話し合いの場と機会を設ける、という要求を私が断ったことで、取り乱したとも言える状況での発言でした。

 その直後に傷害事件に発展し、8月12日に金沢中警察署に逮捕をされて、最高裁まで争って懲役1年8月の実刑、求刑は懲役2年だったとも思いますが、金沢刑務所で服役をし、満期出所したのが平成13年12月31日という経緯になります。

 被害者AAさんの父親AKさんが一転して積極的な態度を見せるようになったのは、平成11年の2月26日頃に再審請求の棄却の決定書が届いたことを、電話で話して以降だったと思います。金沢市木越付近の公衆電話であったことも「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」に書いたと思います。

 6月頃になると自らPHSの電話番号を連絡用として教えてくれました。PHSというのは私が福井刑務所に服役していた頃に流行っていたものらしく、携帯電話に似たものとは聞いていたのですが、私の周りに携帯電話以外のPHSを使っている人は一人もおらず、違いはわからずにしました。

 PHSならではの利点があるとも本や雑誌で見聞きしていたのですが、被害者AAさんの父親AKさんがなぜPHSを使ったのかはわからないものの、私との連絡のみの目的で用意したものであることは、被害者AAさんの父親AKさんの態度や意気込みから伝わるものがありました。

 8月に入った頃になると、直接会って話をすることも決まっていたのですが、後は被害者AAさんの父親AKさんが日時と場所を指定するだけという段階になって、連絡が途絶え。40人規模で部長をされていた会社に電話をかけると、辞めた引き継ぎで暫くはたまに会社に来ることもあると言われたのです。

 その頃、私は建築建設現場の派遣の仕事で、富山県の魚津市に行くことが多く、松下電器だったと思うのですが、大きな工場の現場で、そこから被害者AAさんの父親AKさんに電話をした時、声の聞き取りにくいことがありました。

 数日後に被害者AAさんの父親AKさんは、その時、金沢中警察署の前から電話をかけていた、というようなことを言っていましたが、私を強引に誘導しながら、不可解で辻褄のあわない言動が目立ちました。

 自宅にだけは絶対に電話をするな、と言いながら。自宅に連絡をするように仕向け、決まりきった約束を反故にしながら、次は自宅に来るように仕向けるような言動があって、実際に私は8月7日の土曜日の夜に被害者AAさんの自宅に行っており、金沢中警察署に通報をされています。

 30人から50人近くいたように思える数の警察官が被害者AAさんの父親AKさんの自宅に集結し、その割には丁重に「お話があれば金沢中警察署に来て下さい。」と言われ、私の方から頼んでスキンヘッドの刑事さんに自分の車の助手席に乗ってもらい、金沢中警察署に行ったのです。

 はじめ窓のある取調室で話を聞かれたように思いますが、そのあと刑事課の部屋に間仕切りで区切られた相談室のようなスペースで、7人ぐらいの警察官に囲まれて話をしました。その場には被害者AAさんの父親AKさんも来ていました。

 特に印象に残っているのは、若い警察官がふざけたような口調で、「お前、彼女の面倒みれるんか?」などと言ってきたことです。とにかく私は憤慨しましたし、スキンヘッドの刑事さんがわざとらしくごまをするような態度で慰留するのを振りきって、帰ったことを憶えていますが、記憶は薄れています。

 被害者AAさんの父親AKさんが会見を求め、同行させようとしていた人物を私は当初、弁護士だと思っていましたが、今考えるとより強く警察官だった可能性が高いと思います。

 そういう察しもついていたのだと思いますが、私は被告訴人大網健二や被告訴人OSN、被告訴人KYNを不用意に刺激することの危険性をより深刻に考えていました。それは被告訴人大網健二兄弟の父親が起こした2少年の殺人事件のことが大きかったと言えます。

 19歳の少年を二人絞め殺したという殺人事件でしたが、発生したのは私が福井刑務所に服役中のことで、同じ頃に起きたのが長谷川紘之弁護士の自宅への強盗事件でした。私は今、長谷川紘之弁護士の妻が被害に遭ったという強盗事件が仕組まれた狂言であったという可能性をより強く意識しています。

 今になって確認の必要性を勁く感じていますが、既に書いたように宇出津の図書館では平成12年より前の北國新聞の縮小版が閲覧できなくなりました。強盗事件の方が先立ったとは思いますが、殺人事件との間に1年と開きはないように思います。

 殺人事件があったのは美川で、当時は石川県能美郡、現在は同じく能美市になっているのではと思いますが、以前に北國新聞の縮小版などで見た記憶によると、被告訴人大網健二兄弟の父親を逮捕して取り調べたのは金沢中警察署になっていたと思います。

 誰から聞いたのか記憶にないですが、逮捕されたのは宇出津の田町だと聞いています。正確に言うと宇出津に田町ちょう町内はなく、私も比較的最近になって知ったのですが、立町と横町をあわせて田町と呼んでいる、とのことです。

 父親と愛人関係の女性がいて、その田町の家に匿われているところを逮捕されたと聞きました。自動車工場をやっていた頃の事務員の女性で、「○○のおばちゃん」と呼ばれていました。今でも記憶に残っていますが、その女性の話をその後聞いたことはありません。

 新聞には美川2少年殺人事件と書かれていたように思います。駐車中の車で背後から首を絞めたという単独犯の報道になっていましたが、いろいろと納得のできない事件でした。犯行を隠すために被害者の自宅の縁の下にもぐって放火をしたという放火未遂も新聞の記事になっていました。

 地元では踏み込んで、殺害の実行をしたのは被告訴人OSNで、父親は肩代わりで捕まっただけと考えるむきもありますが、無関係という事件の処理と裁判で、死刑が求刑された刑事裁判も無期懲役で確定しています。

 被告訴人大網健二の話によると、父親が殺人事件で逮捕された時、木梨松嗣弁護士はすぐに「500万円」などと興奮しながら口走ったということです。私はにわかに信じがたい話だと思い。その話をした被告訴人大網健二の真意も疑いました。

 同じく平成9年の秋の話だったと思いますが、被告訴人大網健二が父親の殺人事件のことで、NHKから特集する取材の話を持ちかけられたと言っていました。

 私は刑事裁判の勉強をしていたのでよく知っていましたが、強盗殺人の成立が問題となる典型的な事例で、NHKが特集を組むだけの社会性のある事件とは思えませんでした。

 概要だけみると全く司法試験の論文試験の設問に出てくるような事件で、ある程度内実を知る殺人事件というのも初めてだったので、法的な処理や扱いはこうなるのかという参考にもなりました。

 そういえば、被告訴人大網健二兄弟の父親の殺人事件は、北國新聞において連日報道され、推理を交えた連載小説のような記事になっていました。殺害される前の被害者2人の会話なども、たまたま障子越しに聞いた人の体験談のような体裁になっていたと、記憶に残っています。

 長谷川紘之弁護士と他の弁護士との関係も私にはなにもわかりません。被告訴人の中で唯一会ったことのない人物で、顔を見たのは、北國新聞の法律相談コーナーの小さな、確か白黒の顔写真でした。

 しかしながら重要なポイントとして押さえておきたいのは、これまで何度となく書いてきたように、平成6年の11月、長谷川紘之弁護士の訴状などが届いてから、一週間後ぐらいにあとに木梨松嗣弁護士からの一件記録が郵送されてきたという事実です。

 時刻は6月24日8時16分になっています。

 市場急配センターですが、平成4年の供述調書によれば、社員数は40人か40人になっていました。平成9年の頃にはほぼ倍増していたように思います。現時点のホームページの情報によれば149人という数になっています。

 平成10年11月20日頃に私が、被告訴人松平日出男と堂野さんの二人と休日の市場急配センターの事務所で会見したことは、「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」を含め何度か書いてきたと思います。

 その数日前、私は何度か被害者AAさんの父親AKさんに電話をして会見に同席することをすすめていました。被害者AAさんの父親AKさんは行かないと言っていましたが、力強い声で「あんな会社、つぶれてもかまわん。」と言いました。

 その時の電話は、被告訴人KYNの黒田一丁目の自宅兼会社での仕事を終えて、北安江の借家の自宅に帰る途中でしたが、普段余り通らない道で、マルエーというスーパーの間明店の前の公衆電話から掛けたことも憶えています。その電話ボックスは他に利用した記憶もありません。

 他に記憶あるのは、金沢市西念の中央卸売市場の正門の前にある電話ボックスで、被害者AAさんの父親AKさんから今やっている配管の仕事のことを聞かれ、「運転手よりいいかもしれんな。」と言われ、パソコンの勉強の話をした時は、「それはいいことだ。」と力強く同調してくれたのが印象的でした。

 「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」には書いてきたと思いますが、被害者AAさんの父親AKさんとは平成9年9月20日頃に、金沢市香林坊の大和デパートの前で待ち合わせをして、すぐ近くの中央公園の中で話をしました。

 直接会って話をすることは、私がまだ宇出津に住んでいた頃から決まっていました。その平成9年の4月から6月頃のことです。

 そのあと7月の1日か2日の夜に、2トントラックで宇出津まで来てもらった被告訴人大網健二と被告訴人KYNに引っ越しを手伝ってもらい、私はそのまま金沢市での新しい生活を始めました。

 9月20日までの間、何度か被害者AAさんの父親AKさんの会社に電話をしていましたが、その頃話していたのは、会見の日取りと場所のことだけだったと思います。

 被害者AAさんの父親AKさんから決まったら連絡をすると言われていたようにも思いますが、ずっと連絡のない期間があって、私から電話を入れていたように思います。

 月に1階から多くて3回ぐらい、被害者AAさんの父親AKさんの会社に電話をかけるようになったのは、9月20日の会見のあとで、電話ぐらいかけてもよいとか、何十年かすればわしらの気持ちも変わるかもしれんな、などと言われ、電話をかけるのは19時以降という指定を受けていました。

 被告訴人KYNの配管の仕事では、17時から18時頃に現場での仕事を終えてから会社に帰り解散をしていたので、北安江の自宅に帰るのも19時から20時の間が多かったように思います。

 休みは日曜日だけで、その日曜日も仕事になることがあったので少なかったですが、早仕舞で終わるということはよくありました。

 早仕舞のときも、私は溶接の練習に行くことが多かったので、家に早く帰ることは余りなかったですが、その辺りの事情も「参考資料扱いにした過去の告訴状の下書き」には書いてきたかもしれません。日常の細かいことばかりですが、重要な事実だと考えています。

 時刻は6月25日3時56分になっています。3時頃に目が覚めました。眠った時間はよく憶えていません。夕方からテレビをつけずにいましたが、イギリスで歴史的な選挙結果が出たことは知っています。

 昼に見たテレビ番組だったと思いますが、選挙当日イギリスでは一月分の大雨が降ったらしく、それがより熱心な離脱派の得票数を伸ばしたという分析で、自然現象が民主主義の制度に影響することがあったり、形成を逆転させ、転換点や分水嶺になりうるものだと思いました。

 落合洋司弁護士(東京弁護士会)の人なりや考え方も改めて浮き彫りなかたちとして知ることが出来たようになります。次は起きてからブログの記事としてまとめた落合洋司弁護士(東京弁護士会)のツイートです。元検事という社会的な立ち位置でも注目すべきだと思います。

落合洋司(オンラインチャット相談対応可)さんのツイート:”アベノミクスが終了し、安倍ちゃんがいなくなり、iPhoneが激安になる、自分にとって円高はいいことだらけ。笑”http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/iphone.html
引用→ 落合洋司(オンラインチャット相談対応可)さんのツイート:”自分は株を一株も持っていないので、上がっても下がっても、損も得もない。高みの見物。”http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post
25.html
落合洋司(オンラインチャット相談対応可)さんのツイート:”こういう、頭の中身も人格もおかしな人物をもてはやす社会が悪いのでは。→“永遠の幼児脳”古市憲寿のおバカぶりが露呈された党首討論http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post_43.html
(落合洋司弁護士)こういう、頭の中身も人格もおかしな人物をもてはやす社会が悪いのでは。→“永遠の幼児脳”古市憲寿のおバカぶりが露呈された党首討論http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post_40.html

 ここに古市憲寿氏のことが取り上げられていますが、数日前にモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)もTwitterで痛烈な批判をしていました。小沢一郎氏の再婚が問題になったようです。

 そういえばと思い出しましたが、福島の原発事故の時の対応をみていた妻が愛想を尽かし、三行半を突き付けて出て行った、という話がありましたが、怪情報という感じであやふやなまま立ち消えになっていたということがありました。

 そういう背景にモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)や落合洋司弁護士(東京弁護士会)が触れているとは全く思えませんし、事実の一面的な利用の仕方など、そのあたりも実に弁護士らしいと思いました。なにかと印象操作と批判するモトケンこと矢部善朗弁護士の二面性でもあります。

 次が「%k-blog-opt-blogger2016k.rb|grepモトケンさんのツイート」というコマンドの実行結果です。

引用→ モトケンさんのツイート:”.@yambu88私は弁護士で経済学者じゃないんですよ。で、あなたは何者なんですか?自分のプロフィールは隠して明らかにしている相手には注文をつけるんですか?いいがかがりをつけたいだけならこれ以上の話は無駄、というか有害ですね。”http://hirono2016k.blogspot.com/2016/05/yambu88.html
引用→ モトケンさんのツイート:”私的には、事件の凶悪性に目を奪われて感情的になっている人にとって、冷静に考えるきっかけになればそれで十分ですけどね。http://hirono2016k.blogspot.com/2016/05/blog-post_97.html
引用→ モトケンさんのツイート:”この記者たちは米軍関係者による犯罪をゼロにできると考えているのかな?そんなことが可能なら日本人の犯罪もゼロにできそうなのだが。>米軍関係者による犯罪、なぜなくならないのか 女性遺棄:朝日新聞デジタルhttp://hirono2016k.blogspot.com/2016/05/blog-post_37.html
@thermalpaper00(感熱紙(ハイパーメガ粒子砲))のリツイート→ モトケンさんのツイート:”この人、法治国家をどう理解してるんだろう?すごく恐ろしいことをさらっと言ってくれちゃってるな。http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/thermalpaper00.html
モトケンさんのツイート:”古市憲寿を社会学者と称する人がいるようだが、ウィキペディアでは社会学者とは言ってないな。いずれにしても、社会常識に欠ける人間を社会学者と呼ぶのは片腹痛いなw”http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/w.html
モトケンさんのツイート:”憲法論の議論をすべき問題で道交法違反がどうのこうのというのはノイズでしかない。http://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/blog-post_23.html
モトケンさんのツイート:”検察って、ネットの脅迫とか誹謗中傷被害の深刻さを理解してないところがある。>タレント脅迫、起訴猶予 東京地検「情状面を考慮」|2016/6/23-共同通信47NEWShttp://hirono2016k.blogspot.com/2016/06/2016623-47news.html

 モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)と小倉秀夫弁護士に関しては、この告訴状を提出してから来月中に、珠洲警察署に行き、担当者と相談をすることで、今後の対応を具体的ににつめていきたいと考えています。

2016-06-25 土曜日 04:29 <<[[ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]<<


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