« モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のリツイートから始まった正義、人権、女性差別に対して考える長谷川紘之弁護士の犯罪性と深澤諭史弁護士の弁護士/医師に依頼のツイート | トップページ | 古川龍一元裁判官と小島裕史裁判長を被告訴人として追加することにした理由及び経緯 »

2015年11月23日 (月)

石川県警察と金沢弁護士会の責任を巡る関係性、これまでの対応とこれからの対応について考えること。京都の女性弁護士のツイートから。

石川県警察と金沢弁護士会の責任を巡る関係性、これまでの対応とこれからの対応について考えること。京都の女性弁護士のツイートから。

2015-11-18 水曜日 06:02 >> [[ ←これからの記述範囲の開始時刻]]>>

 今からツイートを探すところです。

% h-benngosi_tweet-mysql-opt.rb --full_sql_text='SELECT * FROM tw_user_tweet WHERE user LIKE "SANNGATUUSAGINO" AND tweet LIKE "%雇い主%" ORDER BY tw_date ASC'

%SANNGATUUSAGINO(上瀧浩子)のツイート%投稿日時%2015-10-26 20:20:00%ツイートのURL% https://twitter.com/SANNGATUUSAGINO/status/658604228517097472
%SANNGATUUSAGINO(上瀧浩子)のツイートの内容%
警察や自衛隊に労働基本権が保障することは大切だと思う。そうすれば、雇い主である地方自治体と対峙する立場が確保され、葛藤が生じる可能性もある。国と自分たちが対立する場面があれば、一方的に国家の戦略にのると可能性も減じる。だからこそ労働基本権を剥奪しているのが、この国の方針なのだろう
%データベースへの登録日時%2015-11-17 12:01:44%

 都道府県警察が地方自治体の監督下にあり予算も割り当てられていること、冤罪を含め都道府県警察が不当な公権力の行使によって損害を与えた場合、被告として裁判を受け、敗訴が確定すれば賠償をする責任を負うことは知っていましたが、雇い主という発想は初めて見ました。

 さきほどコピペの際に新たに気がついたことですが、自衛隊が警察とセットになっています。自衛隊は地方自治体ではなく国の機関であって自衛隊員は全員が国家公務員だと聞いたことがあります。これは職安の前に自衛隊の勧誘員が立っていた昭和58年ころに初めて聞いた話とも思います。

 余り知られていない話かと思いますが、刑務所の刑務官も全員が国家公務員という話で、検察庁の職員も全員が国家公務員と本で読んだ憶えがあります。一般の検察庁の職員が裁判の当事者になることはほとんどないと思いますので、検察官の責任は国の責任ということになっているはずです。

 理論上は裁判官も同じで、故意または重過失があった場合のみ個人の責任が問われると10年以上前に本で読んだ憶えがありますが、その時点でも責任を問われ賠償責任を負ったという前例はないとなっていて、その後も賠償責任を負ったという話は寡聞にして聞いたことがありません。

 裁判官の責任の問われ方としては弾劾裁判というものがあって、破防法や内乱罪同様に法律上の存在としては地下鉄サリン事件の頃から知っていましたが、弾劾裁判なるものが実際に行われたという話は聞いたことがなく、歴史的にほとんどありえないものかと漠然と考えていました。

 私がそういうことを考えていたのも福井刑務所に服役中、法律の勉強をしていた頃のことで、長谷川紘之弁護士を原告代理人とする損害賠償の民事裁判を起こされたのも同じ頃のことで、単独の裁判官だった古川龍一裁判官に会ったのも同じ福井刑務所に服役中だったときのことです。

 ここで刑事裁判と民事裁判の大きな違いの一つとして、上訴の問題があります。刑事裁判も訴訟費用の被告人の負担というのはありましたが、実際に負担を負ったという話は聞いたことがなく、インターネットで見た情報でも、微々たる金額の負担を一つぐらいケースとしてみたような記憶がある程度です。

 民事裁判となると事情は違って、本の知識がほとんどでしたが、上訴をするとなると供託のようなかたちで相当の額のお金を負担しなければならないことになっていました。服役中の身でありながら、そういう負担はとても出来ないので、上訴はあっさりと諦めるしかありませんでした。

 上訴と書きましたが、一審に対する上訴は控訴、最高裁に対するものが上告になるかと思います。訴訟額が小さいものは簡裁が一審になるそうですが、私の場合は、金沢地方裁判所の民事部が一審でA係ともなっていましたが、その担当の裁判官が古川龍一裁判官でした。

 訴えを起こした側の被害者AAさんとその家族の真意もはかりかねていましたが、あっさりと3600万円の賠償判決が確定したので、もはやどうにもすることができず、判決を出した古川龍一裁判官のことも思い出して考えることも余りなかったように思います。

 民法や民事訴訟法のことも一通りは勉強をしていました。六法は最も条文数の少ない憲法以外のすべての条文にも目を通していました。民事裁判というのは当事者同士の関係で、原告には処分権があって、民事の確定判決は公正証書と同じ強制執行をするための債務名義の意味しかないという理解でいました。

 なお、私が福井刑務所に服役していたのは平成6年3月17日に移送されてから満期出所する平成9年1月18日までのことです。

 数年後に思いもよらぬかたちで古川龍一裁判官の名前を知ることになりましたが、その場所も金沢刑務所で、受刑者として服役中のことでした。休憩中に回し読みで閲覧する読売新聞の記事として、古川龍一裁判官の名前を見たのです。

 それは「司法最大の不祥事」とも見出しに書かれた大問題でした。今でも「古川龍一裁判官」として検索をすれば、その問題のことが出てくると思います。妻のストーカー事件に端を発するものでしたが、隠蔽工作の疑いがかかったことで、古川龍一裁判官は疑惑の人となり、弾劾裁判にも発展しました。

 金沢刑務所での服役のことは日付をはっきり思い出せないのですが、判決が確定したのが平成12年の9月の20日過ぎぐらいだったように思います。平成4年の事件の時もそうでしたが、判決が確定すると2,3日後にはそれまでいた拘置所から受刑者の独居房に移されていました。

 判決が確定して受刑者になると、受刑者の独居房に移され、そこで分類審査を受け、その審査の結果として移送される刑務所が決まります。私は同じ金沢刑務所になったので、ほとんど変わりのない生活で、そのまま新入教育に入りました。

 一緒に新入教育を受けた受刑者は6,7人ぐらいだったと思います。本来は一つ部屋での雑居房での生活になるのですが、私は金沢地方検察庁に対する上申書の認書作成許可が出たことで、一人だけ独居房での生活をしながら、確か2週間の新入教育を受けました。

 新入教育が終わると次は配役審査があって、それで配役される工場が決まります。ほとんどは工場への配役です。私は5工場の配役になって、工場におりたのが11月に入ってすぐか、遅くても11月の10日ころだったように思います。5工場には満期出所の一週間ぐらい前までいました。

 仮出所の場合は2週間前だったと思いますが、釈前(しゃくぜん)教育とも呼ばれていたかと思います。満期出所の場合は薬物のビデオを見るぐらいで教育らしいものはほとんどなかったように思います。独居房でテレビを見ながら過ごしていました。

 服役中も私はずっと独居房での生活でした。工場作業の基本は雑居房での生活です。独居房で生活しながら工場出役することは、夜間独居とも呼ばれていたかと思います。

 金沢刑務所を満期出所したのは平成13年12月31日のことでした。その日のうちに被告訴人OKNの出迎えもあって宇出津の実家に戻りました。迎えに来るという事前の連絡もなく、門を出ると迎えに来ていたので、車に乗ったという感じでした。

 事前の連絡がなかったのは、福井刑務所を満期出所したときも同じで、その時は、私の母親を連れて被告訴人OSNの運転するワゴン車に、被告訴人OKNと被告訴人KYNの4人が迎えに来ていました。一週間ほど前には和倉温泉駅までの切符をもらっていたので、それを刑務官に返すことにもなりました。

 金沢刑務所を出た時、その時もワゴン車でしたが、迎えに来ていたのは被告訴人OKNの一人でした。この満期出所ですが、出所する3週間ぐらい前まで私は満期日を12月21日と思い込んでいたのです。満期日の翌日に出所ということも知っていました。

 満期日のことは刑が確定した時点にも告知をされ、何度か刑務官の口から聞かされていて、おぼえておく必要のなる大事な日にちとも説明されていたので、勘違いしていたとも聞き違いをしたともまずは考えられないことです。

 大晦日の12月31日に宇出津の実家に戻ってから、パソコンの電源を入れたのは4,5日ぐらいあとだったように思います。当時はまだIDSN回線だったと思いますが、インターネットに接続できるようにしたのはさらにあとのことだったと思いますが、2月か遅くて3月にはつながっていたと思います。

 当時はインターネット接続の必要性というのも余り感じてはおらず、もっぱら書面の作成でパソコンを使うことが多かったので、インターネット接続を急いだという記憶もありません。ネットでニュースを調べるという習慣もまだなかったような気がしますし、サービスも少なかったかもしれません。

 細かい時期など思い出せなくなっていますが、一時期、ネットで古川龍一裁判官の事件について徹底的に調べたことがありました。情報量は多かったですが、具体性が乏しいもので事件の背景も見えては来ませんでした。

 真偽は不明ですが具体性のある情報としては、ストーカー事件の加害者ともなった妻の実家は石川県内で開業医をしている医師の娘だという情報ぐらいでした。事件があったのは古川龍一裁判官が福岡高裁の判事だったときのことで、ストーカー事件も福岡市内になっていたように思います。

 何日か中断をしていました。11月23日11時04分になっています。大きな方針変更を決めたので、次に作成する項目として書きます。

2015-11-23 月曜日 11:06 << [[ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]<<

|

« モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のリツイートから始まった正義、人権、女性差別に対して考える長谷川紘之弁護士の犯罪性と深澤諭史弁護士の弁護士/医師に依頼のツイート | トップページ | 古川龍一元裁判官と小島裕史裁判長を被告訴人として追加することにした理由及び経緯 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1177043/62640619

この記事へのトラックバック一覧です: 石川県警察と金沢弁護士会の責任を巡る関係性、これまでの対応とこれからの対応について考えること。京都の女性弁護士のツイートから。:

« モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のリツイートから始まった正義、人権、女性差別に対して考える長谷川紘之弁護士の犯罪性と深澤諭史弁護士の弁護士/医師に依頼のツイート | トップページ | 古川龍一元裁判官と小島裕史裁判長を被告訴人として追加することにした理由及び経緯 »