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2015年9月 4日 (金)

被害者AAさんの父親AKさんとの関係/平成11年8月7日/被害者AAさんの自宅前に集結した金沢中警察署の署員 2015-09-04 金曜日 10:20 <<

被害者AAさんの父親AKさんとの関係/平成11年8月7日/被害者AAさんの自宅前に集結した金沢中警察署の署員 2015-09-04 金曜日 10:20 <<

2015-09-02 水曜日 10:27 >> [[ ←これからの記述範囲の開始時刻]]>>

 まずは本題から外れた説明から始めたいと思います。記述範囲の開始時刻を挿入したところですが、今は9月2日の10時半になるところです。

 8月31日の朝になると思います。NHK連続テレビ小説まれ、を見終わったすぐあとだったと思いますが、テレビに、愛知県だったように思いますがコンビニに強盗の立てこもり事件があって、数人の警察官が中に突入する場面が映り出されていました。

 それを見た瞬間に、不思議なことに長い間忘れていた、場面の記憶が呼び起こされました。それが平成11年8月7日のことです。

 日付のことは8月の初めの土曜日ということで調べましたが、そういえば金沢中警察署での取り調べの時、担当の刑事さんに「廣野秀樹のあばれ祭りやな」と言われたことも思い出しました。

 宇出津のあばれ祭りは今から10年ぐらい前に7月の第一金土になりましたが、それまではずっと7月の7日と8日の二日間と決まっていました。

 なお、宇出津のあばれ祭りは能登半島のキリコ祭りでも七尾市の石崎奉燈祭りや輪島市の輪島大祭と並んで代表格かと思いますが、宇出津の祭りが能登半島の夏祭りの始まりというということもあってか、新聞の記事でも大きく取り上げられています。

 最近は情報化社会も大幅に進歩しているのでどうかはわかりませんが、私が金沢市に住んでいた頃は、宇出津のあばれ祭りを知らない人が多く、能登半島に対する関心も低かったという印象が残っています。そんな中でも例外だったのが石川県警察の警察官です。

 私は小学校ぐらいの頃から警察官の家族は石川県内の警察署を移動し続けていると聞いていて、崎山にある建物を警察署の官舎だと聞いていました。移動が多いので年配の警察官ほど宇出津に住んだ可能性が高く、祭りには警備の仕事もつきものです。

 平成4年4月1日の事件で金沢西警察署の留置場にいるときも、宇出津のあばれ祭りのことを話題にされたことがありますし、祭りに象徴されるように宇出津の人間は気性が荒いというイメージが強そうな話しぶりをされていました。

 実際に昔は祭りの時には酒乱やケンカも多く、身の危険を感じるお祭りでした。そういうこともあったので、怪我をさせられては生活が立ちゆかなくなるということで、羽咋市に住んでいた平成15年から平成20年までのあばれ祭りは一度も帰りませんでした。

 あばれ祭りの正式名称は「いやさか祭り」とも聞きますが、祭り自体はそんなにも暴れるものではなく、2日の祭りでは神輿を破壊し海や川に落として、火の中に投じるので「あばれ祭り」という名称にもなったのではないかと思います。

 私の聞く範囲では、あばれ祭りで死者が出たことはなく、酔っ払って海に落ちて死んだという話を聞くぐらいです。激しく危険ということでは、同じ能都町でもあった鵜川の「にわか祭り」では死人も出ていて、廃止になった小木の夏祭りでも死人が出ていたと聞きます。

 小木の夏祭りは私が石川水産高校小木分校に行っていた昭和55年頃の話で、その数年前に中止になったと聞きましたが、だんじり祭りのように山車を町中を引き回し、家を壊したり死人が出るほど激しく暴れまわるお祭りだったと聞きます。

 今はすっかり変わっていますが、能登というより漁師町であることが気性の荒い要因になっていたように思います。漁業も衰退をしていますが、能登だけではなく時代そのものが大きく変わったとも思います。

 8月31日のことですが、テレビの場面で金沢中警察署の署員のことを思い出し、AKさんのことを先に中心にして書いておこうと考えるようになりました。もしかするとその前日ぐらいにAKさんのことを中心と考えていたのかもしれません。そうだったように思い出してきました。

 8月31日は適度な曇り空で雨も降りそうになく強風の問題もなさそうだったので、久しぶりに小木港にアジ釣りに行ってきました。基本はサビキ釣りですが、一本バリの餌もつけた大物狙いの釣りです。真鯛やヒラメ、キジハタが狙えます。

 アジングやイカ釣りとは違って持っていく荷物もとても多くなり、支度や帰ってからの後片付けもけっこう大変です。今回は小アジと小さいカマスしか釣れませんでした。ちょっと大きめなメバルが一つ釣れましたが、一緒にいた人にあげました。

 そのような手間の掛かる餌釣りは一月以上ぶりでした。晴れた日を避けたのも日焼けをしたくなかったからです。7月だったと思いますが、前に餌釣りをした時は、日焼けで肌がひりひりするようになりました。釣りに行くのも息抜きですが、肌が焼けて痛い思いはしたくないです。

 餌釣りは一度場所を決めると移動することがほとんどないです。今の時期、だいたい釣れるのは小アジですが、そのままに放置しておくと大きな真鯛やヒラメ、キジハタや青物が針にかかっている小アジに飛びつく可能性があります。食わせサビキとも呼ばれる釣り方です。

 海で風もあたれば、けっこう涼しいこともあり、けっこうのんびりとした釣りをやっていて、海を見ながらいろいろと考え事をしていました。家の中でもどこでも考え事は出来ますが、気分的なリフレッシュもできるので、次の準備にも役立つと考えています。

 結果としては今朝になって思いついたことですが、事実関係と今書いているような説明をなるべく分けて、それぞれをコンパクトな項目として書いていくことにしたいと思います。すでにやていることでもありますが、ブログへの投稿記事を参照として活用します。

 Emacsの機能ももっと活用するように考えました。C-u M-!とやるとコマンドの実行結果のテキストがカーソル位置に挿入されるのですが、rss.rb |head -1とやると最新の記事のタイトルとURLが書き込まれます。

 参考としてご紹介しますが、rss.rbというスクリプトファイルの内容は次のようになっています。投稿ではなく情報の取得だけなので認証やパスワードのようなものも必要ありません。コマンドを実行するとブログの最新20件のタイトルとURLを一瞬で取得できます。

!/usr/bin/ruby

-- encoding: utf-8 --


require 'rss'

site='http://hirono-hideki.cocolog-nifty.com/blog/index.rdf'
rss = RSS::Parser.parse(site)
rss.items.each{|item|
print "#{item.title.chomp} #{item.link.chomp}\n"
}

 そろそろ本題に入ろうかと思います。タイトルの文章に焦点をあて、前後のことは流れをなるべく簡潔に書いて、また別の項目に移るようにしていきたいと考えています。被害者AAさんの父親AKさんに関する本格的な記述の起点に据えたつもりです。

 その平成11年8月7日の夜は犀川祭りの花火大会でした。祭りという名前になっていますが、神輿や山車のようなものがでるお祭りではないと思います。私は金沢に住んでいて2回だけその祭りを見たことがあります。毎年8月の第一土曜日と聞いていました。

 ちょっと余談のようになりますが、その1回目というのは昭和56年の夏のことで、当時私は16歳、金沢に働きに出て一月ちょっとの頃のことです。犀川祭りのことは全く知りませんでしたが、被告訴人OSNに連れられて犀川沿いの土手で夜店が並んだところを歩きました。

 花火を見たという記憶もないのですが、当時は言葉としてまだなかったヤンキーのような不良少年少女がカラフルな派手な格好で沢山いました。東京では「竹の子族」というのが流行していた時代と重なっていたかそれに近い時期だったと思います。

 昭和56年の犀川祭りで見かけたいたのは竹の子族とは違って、暴走族の格好をした少年少女でしたが、特攻服を着て祭りや花火見物をするような姿は見ませんでした。とにかくそういうのがものすごく沢山いて、暴走族の最盛期にも近かったように思われます。

 昭和58年頃になると警察の暴走族の取り締まりも厳しくなって、ヤクザというか暴力団の関与もすごく色濃くなっていました。そうこうするうちに起きたのが山口組と一和会の山一抗争で、それから何年かすると暴対法の施行があって、明らかにヤクザ者と分かるファッションや姿は消えていきました。

 2回目の犀川祭りは平成10年の夏です。犀川祭りは8月なので夏と決まっているのですが、雰囲気を少しでも伝えるためあえて夏と書いておきたいです。その時は、被告訴人KYNの会社の飲み会として犀川祭りに行きました。接待という要素を含む飲み会でもありました。

 今朝起きてから忘れていたことを思い出しました。8月31日の夜だったと思いますが、YouTubeの関連動画で、タイトルにあばれ祭りを含まないあばれ祭りの動画を視聴していて、被告訴人KYNと思われる人物の楽しそうな姿を目撃しました。

 視聴した後だったと思いますが、TwitterにタイトルとURLの投稿をしているはずなので、それを探しだして次にご紹介をしておきたいと思います。

投稿者:hirono_hideki(廣野秀樹\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の夜) 日時:2015/09/01 00:22 ツイート: https://twitter.com/hirono_hideki/status/638371347408797696
カメラ置いとくんで、一言どうぞ 2O15.O7.27 http://t.co/mcK45XpHNF

 あらためて、動画のタイトル名だけではさっぱり内容がわからない珍しいものです。場所やイベントを特定していないタイトルに年月日の日付を含めるのもYouTubeの動画で、ほとんど見かけないことかと思います。

 このタイトルだけでは説明をしている私ですら取り扱いに困るので、スクリーンショットを2つ用意しました。ブラウザで再生時のスクリーンショットと動画の終了時に切り替わるタイル状で12個の「次の動画」の紹介です。

投稿者:s_hirono(非常上告-最高検察庁御中_ツイッター) 日時:2015/09/02 13:44 ツイート: https://twitter.com/s_hirono/status/638935523952713728
2015-09-02-134429_カメラ置いとくんで、一言どうぞ 2O15。O7。27 - YouTube.jpg http://t.co/nDohuInbvT

投稿者:s_hirono(非常上告-最高検察庁御中_ツイッター) 日時:2015/09/02 13:11 ツイート: https://twitter.com/s_hirono/status/638927188822069248
2015-09-02-131122_カメラ置いとくんで、一言どうぞ 2O15。O7。27 - YouTube.jpg http://t.co/Eo5VpwzJ4v

 「関連動画」ではなく「次の動画」になっていて、動画の枠の右側に縦方向でずらずらと並んでいます。これは私がYouTubeを視聴するようになった時から変わりのないページのスタイルかと思います。今回確認したことは動画終了時のタイル状でも右側と同じ動画が紹介されていることです。

 どんな動画を見ていた時かはっきりとは憶えていませんが、輪島大祭の動画を見ていてそれが終了したタイル状の画面で12個のサムネイルの画像の中に、気になったものがあったので、クリックで再生したところ始まったのが問題のあばれ祭りの動画です。

 今日になって調べなおして気がついたのですが、タイトル名に含まれる日付は録画をしたテレビ番組の放送日ではないかと思われます。動画の中にはテレビ東京と出ていましたが、石川県では放送局の系列としても聞いたことがない気がします。

 バラエティ番組はあまりみない方なので、確かなことはわかりませんが、全く見覚えのない番組で、最初のうちは深夜帯の番組かと考えていたのですが、テロップの飾りが多彩で、なんとなくですが深夜帯の番組ではあまりない演出ではないかと思えるようにもなってきました。

 それは田舎に住んでいるものの感覚で、昼夜逆転の生活をしている人も多い都会であれば、チカチカと目に刺激になって眠れなくなるような演出の番組を深夜帯にやることもあるのかもしれません。

 今年のあばれ祭りなのかも疑問だったので再生と一時停止で確認をしたのですが、今年のものに間違いはなさそうでした。神輿が出るのは2日目の祭りだけです。夜の祭りに備えて昼間に酒垂神社の方にキリコが集まるのもお決まりとなっています。

 キリコが一台、新町交差点を松波方向から鵜川の方向に進行している場面があったので、唯一、昨年つまり2014年以前のあばれ祭りとは違って今年のものだと確認が出来ました。新町交差点にあった山田時計店の建物の交差点に近い部分が消えていることでわかりました。

 最近の放送であっても今年のあばれ祭りとは限らないということが頭にあったのですが、実際、今年の5月か6月、NHKのあさイチ!という番組に出てきたあばれ祭りの映像は、YouTubeでかなり前に見たことのあるあばれ祭りの映像と同じものでした。

 インタビューを自宅で受けているのが大棚木という町内の若者でした。宇出津のあばれ祭りは全国放送のテレビ番組で何度か紹介されています。YouTubeですがダーツの旅がある所さんの人気番組の映像を見たこともあります。他の石川県の祭りを全国放送の番組で見たことはないです。

 本題から外れ脱線をしているように見えるかと思いますが、私の中ではあえて抱き合わせにしておきたいという事柄と関連のある事実でもあります。

 というのは、平成11年8月7日の翌日の8月8日に被害者AAさんの父親AKさんに対する傷害事件を起こし、数日後の8月12日の20時ぐらいに金沢市玉鉾の派遣会社に戻ったところに、5,6人ぐらいの金沢中警察署の刑事が待ち構えていて逮捕状を見せられ逮捕されました。

 事件を起こしたのは8月8日で日曜日の夜でした。正確な時間は忘れましたが、だいたい21時ころではないかと思います。逮捕された12日が木曜日で、仕事を休んだ覚えもないのにおかしいと先ほどから考えていたのですが、たまたま仕事の現場が近くにあったことを思い出しました。

 それは事件を起こした翌日から逮捕される前日までの間のことで、中間の8月10日あたりとも、あるいは翌日の8月9日かもしれないと思うのですが、被告訴人KYNが入院しているという病院に被害者AAさんの父親AKさんとのことを相談するのに会いに行ったのです。

石川県済生会金沢病院 - Google マップ : http://bit.ly/1NWWEr6

 Googleマップのリンクをご用意しました。出来たばかりのような真新しい大きな病院でしたが、金沢市内に住んでいてもほとんど通ることのない場所でもあったので、そういう病院があることも知らなかったように思います。

 やはり事件を起こした翌日だったような気がしてきましたが、久しぶりに被告訴人KYNの自宅に電話をしたところ、彼の妻に入院していることを教えられたのです。病院の場所をきくと、今いる現場のすぐ近くということがわかったので、多分昼休みの時間に、病院に行ったのだと思います。

 入院していたのは確か胃を悪くしたという話で、神経的なものとも言っていました。4階か5階あたりの上の方の病室の前の廊下で初めに姿を見た記憶が残っていますが、病室には入っていなかったようにも思います。すぐに天井の高い1階のロビーのような場所に行きました。

 相談というよりは被害者AAさんの父親AKさんと会うのに一緒に立ち会ってくれと頼みに行ったのです。傷害事件を起こす前に、被害者AAさんの父親AKさんからそういう提案のようなものを受け、それを断ったことが売り言葉に買い言葉のようになってしまいました。

 被害者AAさんの父親AKさんを殴ってしまったことを被告訴人KYNに打ち明けましたが、話をした後の被告訴人KYNは安堵の表情にも見えるもので、頭に浮かんできた「待てば海路の日和あり」という言葉はまさにこのことかと思えるものがありました。

 被害者AAさんの父親AKさんに連絡をして具体的なことが決まったら連絡をするので考えておいてくれと頼んで別れました。被告訴人KYNは「その時になって」というような言い方をしていたように思いますが、概ね了承という感じに見えていました。

 今あらためて考えると、その時点で私が逮捕されることを予想していた可能性もあるのかと思いますが、私と被害者AAさんの父親AKさんの関係が破綻したことを確信し、喜んでいるようにも見えました。何かと反対をしたり、神経の逆撫でをするような発言を繰り返していました。

 ただ、反対が一辺倒かというとそうではなく、応援をするような態度を見せることもありました。今具体的に憶えているのは一つだけかとも思いますが、それが先ほど触れた平成10年夏の犀川祭りの当日の昼のことでした。

 被告訴人KYNのことは昨年のあばれ祭りのあとに「2013年6月から2014年12月に作成した告訴状の下書き」に集中的に書いていた時期があるかと思いますが、何をどれぐらい書いたかとなると余り思い出せず、まだ書いていないことのほうがしっかり把握ができています。

 YouTubeの動画に出ている被告訴人KYNも昨年のあばれ祭りで会った時の被告訴人KYNも、沈んで見えたのと楽しそうに見えたという違いはありますが、子供の頃から平成15年の1月に最後に見ていた彼とは、けっこう違って見えました。一言でいれば人間が丸くなったように見えました。

 あえて探そうとはしなかったのですが、今年のあばれ祭りでは、特に二日目は例年より長い時間、祭りを見て回っていたのに、被告訴人KYNの姿を見ることはありませんでした。

 昨年は探して見つけましたが、キリコの一番後ろにいたので、祭りでも目立たない場所です。キリコが動いているときは後ろ向きになっているので、顔を確認することはほとんど出来ないと思います。一番目立つのは最前列ですが、ほとんどは若者が担いでいます。

 YouTubeのテレビ東京の番組では、25歳という女性が中心的にインタビューを受けていましたが、今日あらためて考えてみると、被告訴人KYNの長女も平成2年ぐらいの生まれだと思うので、平成27年の現在はちょうど25歳ぐらいになるのかと気が付きました。

 子どもは被告訴人OKNの方が2年ぐらい早かったように思いますが、上の子の二人が娘であったことも被告訴人KYNと同じでした。被告訴人OKNの方はちょうど私が一緒に仕事をしていた平成10年に長男が生まれています。

 昨年はあばれ祭りのあと、被告訴人KYNとモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)にかなりの共通点があるように思えたので抱き合わせでシリーズ化をしていたかと思います。モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)にも娘がいるらしいことは何かの発言でみたことがあります。

 被害者AAさんの父親AKさんは、被告訴人KYNと同じ3人の子どもでも、上の二人が男で末の子が女の子で被害者AAさんと聞いていました。裁判の記録でもそのようになっていて長男の人は東京に暮らしているという情報も出ていて、被告訴人安田敏と同じ年のように何かで見たような記憶もあります。

 被告訴人安田敏は私の2つ年上で、被害者AAさんは私の6つ年下でした。長男と長女で8つ離れた兄弟ということになりそうです。私の子どもも男二人で学校では一学年違いということになっていました。結婚している頃はもう一人娘が欲しいと考えていました。

 普段、人の数が少ない宇出津なので、家族や子どもの姿を見かけることが一年で最も多いのも7月のあばれ祭りの時です。そういう家族や子どもの姿を見ていると想い出すことも考えることも多くなります。輪島大祭では中高生の数がずいぶん多いと宇出津の祭りとの違いも感じました。

 昨年のあばれ祭りのあとと、今年のあばれ祭りのあとでは、被告訴人KYNに対する見方にかなり変化があったのですが、あのテレビ東京のYouTube動画をみて、いくらか複雑な気持ちにもなっています。

 これも今日あらためて気がついたことですが、YouTubeの「次の動画」にはログインしているアカウントの情報とは全く関連のなさそうなものが含まれています。具体的にはサッカーやアニメのクレヨンしんちゃんの動画がありますが、私はどちらの関連も動画を全く視聴した覚えがありません。

 時刻は22時05分になっています。夕方は宇出津新港に買物に行き、買物をする前にしばらく海で釣りの様子を見物したりしていました。日が暮れるのがずいぶんと早くなったとも9月の2日でこれほど変わるものなのかと感じていました。

 時間はよく見ていなかったですが20時前には家に戻ってきていたと思います。夕食は主に本日賞味期限切れの冷やし中華と半額で買ってきたおにぎり一つでしたが、鍋にお湯を沸かしながら昨夜録画していた司法取引をテーマにしたクローズアップ現代を視聴していました。

 昨夜は番組が始まる5分ぐらい前に新聞のテレビ欄で見つけて、録画をしながら視聴をしていたのですが、洗濯物の途中で、干しに行ったりしていて一部まったく見ていない部分もありました。番組の初めで少し見ていた落合洋司弁護士(東京弁護士会)のインタビューもそれでした。

 今夜見たところ落合洋司弁護士(東京弁護士会)の発言は捜査に役立ち武器になるという警察、検察寄りに見える発言でしたが、当たり障りのないような慎重にも見える内容になっていました。時間も短かったので、いっそう簡潔になっていました。

 番組で気になったのは、法律事務所で顧客企業の不安に応えるためのミーティングのような会議をしていた様子とその解説の内容でした。冤罪問題における村木裁判の影響の大きさもあらためて痛感しましたし、冤罪防止という理由で司法取引が問題視されていることも再確認しました。

 これは本当の脱線気味ですが、上述のことがあってしばらく後に目にした落合洋司弁護士(東京弁護士会)のツイートとモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のツイートの内容がひどくて、これは早急に取り上げておく必要があると感じました。

 この項目を書き上げてからとも考えましたが、これまではいつもそのパターンで翌日以降になると、ツイートを探しだすのも手間取ったり、ツイートの内容を読んでから感じたことも薄れてしまって不十分なことしか出来なくなった憾みがあります。

 それぐらいの言及をするかは書いてみないとわかりませんが、少なくとも問題のツイートだけは、独立の項目でまとめを取り上げておきたいと思います。なるべく早くこちらの記述位置に戻ってきます。

2015-09-02 水曜日 22:29 << [[ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]<<


2015-09-03 木曜日 15:49 >> [[ ←これからの記述範囲の開始時刻]]>>

「あれは本家の雰囲気が荒れないための汚物専用ブログ。」というモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のツイートとまともな議論、そのあとの岡山弁護士会の責任追及で考えたこと。 http://hirono-hideki.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-f97d.html
「カネ儲けのネタにされているのも間抜けな話。」「今後、5年も、オリンピックの薄汚い話聞いて過ごすと思うだけで、うんざりする」等という批判をする落合洋司弁護士(東京弁護士会)のツイートのまとめ http://hirono-hideki.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/5-83ef.html

 こちらを中断してから上記2件のブログ記事となる2件の項目を作成していました。

 あらためましてこの項目の本題は「平成11年8月7日/被害者AAさんの自宅前に集結した金沢中警察署の署員」ですので、これに沿った事実関係を書いていきたいと思います。

 前にも書いたと思いますが、この平成11年8月7日の被害者AAさんの自宅への訪問は、事前の連絡もなくいきなりのものでした。ただ、一方的に押しかけたものではなく、事前に被害者AAさんの父親AKさんとは何度も連絡を取り合っていました。

 直接会って話をすることも決まっていたのですが、具体的な日時と場所を被害者AAさんの父親AKさんの方から連絡で知らせると言いながら、それから連絡をしても全くに近く電話に出なくなり、被害者AAさんの父親AKさんが部長をする会社の方に電話をすると辞めたと言われたのです。

 会社を辞めたと行ってもしばらくの間は、残務処理のようなことで不定期に時々会社には来るというような説明も会社の人には受けていました。

 被害者AAさんの父親AKさんとの連絡の方法ですが、もともと平成9年の秋頃から松任市旭工業団地にある会社の方には、夜19時を過ぎた頃には電話をしても良いと許可をもらっていました。

 さらに、今は時期がはっきりと思い出せなくなっているのですが、平成11年の6月頃には、被害者AAさんの父親AKさん方からPHS電話の電話番号を教えられ、そちらに連絡をするように言われました。私がちょうど山中温泉の現場に通っていた時期のことです。

 被害者AAさんの父親AKさんは私に時には「電話ぐらい掛けて来てもいい」と言いながら、恨み言のような不満をぶつけてくることもありましたが、「あなたが何をしようと勝手や、口出しはせん。」と言ったり、「再審が始まったらその時は話をきく」と力強く言ったこともありました。

 当時の私には理解の出来ないことが多かったのですが、私との間にとても慎重な距離を置いていることは明らかで、将来的な裁判での証拠の価値などを強く意識している態度に思えました。

〒922-0313 石川県加賀市勅使町 - Google マップ : http://bit.ly/1PMR7BT

 山中温泉は福井県との県境にも近い温泉地ですが、現場は土砂災害の現場の山の中で熊の出没注意の看板も出ていました。上記の勅使町というのはその帰りに通っていた道にある場所で、なんと読むのか当時から気になっていましたが、まだ調べていません。

 山代温泉から少し行ったところだったと思いますが、道路に勅使町という看板が見える辺りで、被害者AAさんの父親AKさんから私の携帯電話に電話があり、PHSの番号を教えられたような記憶が残っています。勢い込んだ様子でかなりくどい感じで番号を教えていました。

 調べると「ちょくしまち」と読むようです。山中温泉の現場に通う前は、金沢市山科のこれも河川の災害復旧現場でした。ここの現場には最も長い間通ったように思いますが、2ヶ月程度でしょうか。この頃は被害者AAさんの家の近くも現場に行き帰りに通っていました。

 金沢市山科の現場に通っている頃は、現場や現場からの行き帰りに被害者AAさんの父親AKさんと連絡をして話をしたという記憶はありません。

 山科の現場も山中の現場も堀田建設への派遣の仕事でした。派遣の仕事を始めた最初の一週間ぐらいは、前に書いたと思いますが、浜田漁業金沢工場の近くの現場に通っていました。

 まだ書いていないと思いますが、その現場からの帰り、すっかり暗くなった時間に車が故障したのか、木越の自販機が沢山ある場所に車をとめ、その時に被害者AAさんの父親AKさんに電話をしたことがあり、その時の被害者AAさんの父親AKさんの態度にそれまでとは違う変化を感じました。

 細かいことですがトラックステーションの方に行く1本道の左手にある自販機が集まった場所です。商店があったような気もしますが、店も閉まっていたのか自販機だけが記憶に残っています。

 前にも書いたように思いますが、その前の夜に自宅で届いていた再審請求棄却の決定書を見ていて、そのことで被害者AAさんの父親AKさんに電話をしたのです。決定書は2月25日の日付になっていて、自宅に届いたのは翌日の2月26日ではないかと思われます。

 永久開発の建築、建設現場への派遣の仕事は日当が1万円で、そのうち何割かを日払いで受け取ることも出来たと記憶にあります。被告訴人OKNにはめられたNテックの仕事では無収入でもあったので、生活の立て直しに焦っていた時期でもありました。

 「2013年6月から2014年12月に作成した告訴状の下書き」には書いたと思いますが、平成11年の6月の中頃には、被告訴人KYNを通じた連絡で、前妻と会っていて、加賀温泉駅に迎えに行ってから名古屋市内まで送る間、走行中の車のなかでいろいろと話をしていました。

 細かいことは思い出せなくなっていますが、先ほど書いたように勅使町で電話を受けてPHSの電話番号を教えられてから、被害者AAさんの父親AKさんの態度が積極的になっていました。パフオーマンスとして積極的でしたが、具体的な話し合いはありませんでした。

 今度直接会って話をするということで話を進めていましたが、後は日時と場所の指定という段階になってから、被害者AAさんの父親AKさんの連絡が途絶え、先ほど書いたように会社を辞めたとまでいきなり言われたのです。もちろん会社をやめるような話は全く聞いていませんでした。

 時刻は9月4日10時14分になっています。さきほどになりますが、深澤諭史弁護士のタイムラインで強姦罪や親告罪に関する一連のツイートを見つけました。深澤諭史弁護士がリツイートしたうの字のツイートに端を発しているようです。

 被害者AAさんの父親AKさんとの事実関係の記述をしてるところですが、被害者AAさんの父親AKさんは意識不明だった被害者AAさんに代わって私を準強姦罪で刑事告訴をしたという立場の人でもあります。ちょうどよい機会なので、別の項目として説明を記述しておきたいと思います。

2015-09-04 金曜日 10:20 << [[ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]<<

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