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2015年8月21日 (金)

被害者AAさんとの関係/平成3年11月25日/「全然大丈夫や」と言われた夜の電話のこと、に至るまでの状況について

* 被害者AAさんとの関係/平成3年11月25日/「全然大丈夫や」と言われた夜の電話のこと、に至るまでの状況について

2015-08-18 火曜日 07:43 >> [[ ←これからの記述範囲の開始時刻]]>>

 この夜の電話のことは特に強く記憶に残っている事実の一つですが、電話をかけるまでの当日の行動などは現在思い出せません。なんとなく憶えていることは、それまでの電話をかける時とは違って、迷いや心理的な負担も少なかったということです。

 会社での被害者AAさんとの関係もいい感じになっていて、長い時間を掛けて様子を見ていましたが、いよいよ満を持して電話を掛けたという感じでした。期待を持ちながらも痛い目にあってきたので、その時も慎重さは強く意識していました。結果的にはそれも悪かったのかとも思います。

 11月に入ってからの電話は25日が2回目か3回目だったと思います。前回の時はいずれもいい感じの会話ではなく、長い会話でもなく、一方的に、あきらめる、と言って切ったような記憶が残っています。同じようなことが2回あったように思うのですが、その一つの時は前妻から電話がありました。

 前妻からの電話連絡も2,3回はあったと思います。11月中の最後の時は突き放すように、もう掛けてくるな、と言って一方的に切りました。それまでの前妻の性格から怒ってすぐに掛け直してくることも予想したのですが、それっきり掛かることはありませんでした。

 11月中の前回の電話の時は、復縁を強く望むような気持ちが伝わってくるもので、会話をつなげるように積極的に話してきて、神戸市内で青果市場の仕事をしていて、湊川神社の近くに住んでいるとも話していました。

 神戸市内に住んでいると聞いて、そのすぐ後に私は神戸に行く運行がありました。そして神戸から戻ってきた直後にも前妻から電話が掛かり、ちょうど神戸に行ってきたところだと話した記憶があります。神戸に行った後に、湊川神社の近くに住んでいると聞いたのではないと思います。

 これだけで3回の電話が前妻からあったことになりますが、全て11月に入ってからのことで、10月中にはなかったように思っています。なぜ10月中にはなかったのか、自分がなぜそのように記憶しているのか、ということも気になるところではあります。

 今あらためて考えると、この神戸への運行とそれを挟んだような前妻からの電話連絡も偶然ではなく、仕組まれたものであった可能性があるように思えていました。その前に電話があったのも10月12日のことで、何日か前に書いたと思いますが、被害者AAさんとの関係の要所にのみ連絡があったと。

 神戸に行った運行というのは、珍しい運行だったのでその部分のことはよく憶えています。馬鈴薯を積んでいったように思いますが、行き先は大阪府の高槻市の市場でした。

 その出発と思われる当日の状況も印象的に記憶に残る事実の一つです。その日は、9月の中頃に被害者AAさんがフィルム貼りを手伝ってくれた日と、会社の状況がよく似ていました。その日も水曜日で中央市場が休みの日だったと思います。

 時刻は8月19日8時30分になっています。中断をしていました。昨日は夕方の早い時間に小木港までアジ釣りに行っていました。小木港に行ったのもアジ釣りをしたのも久しぶりです。家に戻ったのは20時40分ぐらいだったかと思います。

 21時からNHKのニュース番組、22時頃から報道ステーション、23時ぐらいからニュースZEROをテレビで観ていました。深夜番組をなにか観ていたような覚えはあるのですが、テレビと電気をつけたまま目が覚めたのは5時半ぐらいだったと思います。

 昨夜になりますが、山形マット死事件について調べていました。山形の弁護士の業務停止6ヶ月のことで調べていましたが、モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)が検事時代に主任検事をしていたという事件ということもあり、これを機に色々確認をしておきたいと思いました。

 起きてからだと思いますが、今度は直説にモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のツイログで、「山形マット死」をキーワードで検索しました。該当したツイートは1件のみでしたが、その投稿日でツイートの前後の流れを追ってみました。

 時刻は16時07分になっています。主にテレビを見ていて中断をしていました。大阪・寝屋川市 中1女子殺害男子不明の事件のことが気になります。トラックの駐車場に発見されることをわかった上で、遺体を放置していたということです。

 午前中にモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のツイログやツイートをスクリーンキャストで動画保存し、いつの模様にYouTubeに動画をアップロードしました。

 今は録画をしていたミヤネ屋で中1女子殺害事件の報道をみています。録画中の時間は別のチャンネルで同じ情報番組のグッディを観ていました。この事件は被害者の身元がわかった時点で、遺体の発見現場が高槻市と知ったことでも気になっています。

 今、録画していたミヤネ屋を見ながら、ようやく理解が出来たのですが、トラックの運転手の乗用車の下に遺体が置いてあり、その運転手は乗用車を移動させた場所にトラックをバックで駐車しようとしたところ、トラックのバックモニターで遺体に気がついたとのことです。

 初めの頃の報道でなんどかバックモニターという言葉が耳に入っていたのですが、その時はよく理解できずにいました。真っ暗な駐車場に大型トラックを駐車させるということは、実際によくやったことのある経験なので、なおさら不思議に思える事件です。

 この項目の主題について書いていたのは大阪府高槻市の市場に行ったあたりでした。高槻市の市場に向かって会社を出発したのは夕方の16時頃でした。その日は平日だけど中央市場が休みの日でした。天気も会社の雰囲気も9月のフィルム貼りの日によく似ていました。

 これは11月ではなく10月中だったと思われますが、10月の何時頃だったのかは特定できません。既に新車の大型ウイング車3068号に乗務をしていたと思うので、それならが10月12日の土曜日より後ということになります。

 その日も私は暇を持て余しながら午前中から会社にいました。この時も外でフィルム貼りをしていたように思いますが、被害者AAさんは手伝いに来てくれませんでした。軽四のフィルム貼りは終わっていたはずなので、トラックつまり3068号のフィルム貼りだったのかもしれません。

 その午前中も2階の事務所にいるのは被害者AAさんと被告訴人池田宏美の二人だけで、普段とはまるで違った感じで仕事をしていました。中央市場が休みだと、周囲も静かですし人の姿もほとんどなくなります。市内配達もほとんどが休みのはずです。

 同じ日だったと思いますが、私は2,3日前に買っていた10色入りぐらいの油性のペンを被害者AAさんにあげました。何に使ったのか憶えていませんが、油性のカラーペンを彼女に借りてけっこう使っていたからです。

 そのカラーペンは王様の本・入江店で買ったような記憶も残っています。子供が使うようなもので500円程度ではなかったかと思います。

 そのあと印象的に記憶に残っていることは、午後になって被告訴人東渡好信など主だった大型運転手が集まってきて、16時ぐらいにいきなり解散という話になって、一斉に車に乗って帰っていったことです。

 17時より前に事務所を閉めたというのも珍しかったのですが、一斉に解散したというのも他に記憶がありません。集まった時間は思い出せませんが、それも珍しいような集まり方であったような印象も残っています。

 もっとも印象的だったのは車に乗り込み、解散するときの被告訴人東渡好信と被告訴人池田宏美の姿でした。たまたま偶然で視界に入って目が止まったのですが、二人とも何かを企んでいて、それがうまく行ったことを確認し合うような表情を一瞬見せていました。

 被告訴人東渡好信が被告訴人池田宏美の乗用車に乗り込んだような気もするのですが、これも現在は記憶がはっきりしなくなっています。とにかく印象的だったので記憶が鮮明な時期に、このことも繰り返し細かい上記今日を、上申書など裁判の記録に書いてきたはずです。

 時刻は8月20日の10時27分になっています。中断をしていました。昨日の夕方は宇出津新港の堤防にアジ釣りに行ったのですがアジは一匹も釣れず、小さいフグが2匹針に掛かってきました。これまでに経験したことがないほどフグの活性が高くワームがすぐに食いちぎられました。

 今までの経験だといくらか薄暗くなってくるとフグはいなくなるはずなのですが、昨日は完全に暗くなる寸前までフグがひどかったです。カマスの幼魚でも塊になっているかとも考えましたが、カマスは小さくとも口が大きいので針掛かりがしそうです。これからはカマスが釣れ出す時期です。

 カマスは歯が鋭いので、これもワームを食いちぎりますが、幼魚だと喰いちぎるだけの力もなさそうです。やはりフグ以外には考えにくいのですが、いままださんざんワームでアジ釣りをやってきて、まったくないような経験でした。

 前の日、小木港で小アジを4匹釣って午前中に潮汁にした25センチのキジハタと一緒に下処理をしていたので、それにいくらか小アジを追加して、録画したキューピー3分クッキングでみた「小あじの揚げ煮」というのを作る予定でいました。4匹は夜、塩焼きにしました。

 夕食の前に銭湯に行きました。その銭湯に出かける前だったと思いますが、小倉秀夫弁護士の気になるツイートを見て、それがきっかけでGoogleニュースでニュース記事を確認したところ、思わぬ発見がありました。

投稿者:hirono_hideki(廣野秀樹\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の夜) 日時:2015/08/19 20:15 ツイート: https://twitter.com/hirono_hideki/status/633960368474312704
検察が無罪論告し謝罪=強姦再審が結審—大阪地裁 http://t.co/fkLJPTn0ns

 20時15分の投稿になっていました。家に戻ったのが20時半ぐらいかと思っていたので、けっこう勘違いをしていたようです。この大阪の強姦再審事件も、私の平成4年の事件といくらか共通点があると考えるので、独立した項目として取り上げておきたいと考えています。

 昨夜は他にも気になるツイートが沢山ありました。ちょっと収拾がつかなくなったぐらいです。昨日はよく眠れていなかったためか、頭もすっきりしませんでした。あれもこれもと取り上げるのも無理があります。

 昨夜は裁判員精度を揶揄するような弁護士のツイートも目に付き、主なものが今回は、深澤諭史弁護士のりツイートでした。なぜ今頃という気もしたのですが、関連するようなニュース記事はリンクを含め見かけることはありませんでした。

 今朝になって深澤諭史弁護士のタイムラインに、また裁判員制度を揶揄するものがリツイートされ、元のツイートの弁護士は、宮崎の示談強要の問題のことで印象的な発言をしていた福岡の弁護士だったので、あらためて調べてみました。

 ツイログの登録があったので、今年の1月の17日頃のツイートでしたがスムースに調べることが出来ました。宮崎の示談強要の問題も刑事弁護のありかたとして非常に考えさせられるものがあり、しっかりと取り上げておきたいと前々から引っかかりがつきまとっていました。

 昨日はモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)の山形マット死のことでも独立の項目として取り上げておくことを決めたので、これで宿題が3つたまったことになります。

 この項目の本線では、夕方16時頃に一斉解散したところまで書きました。とにかく、その場の状況で目撃した被告訴人東渡好信と被告訴人池田宏美の姿はとても印象的なもので、ずっと引っ掛かっていましたが、平成4年になると次第に、その感覚も薄れていったようには思います。

 高槻市の市場に行った運行は、馬鈴薯を積んでいたと思いますが、たぶん馬鈴薯を積み込んだのは前日の午後だったと思います。現在はかなりその辺りの状況も様変わりしているようですが、中央市場の裏門の道路を挟んで向かい辺りにバナナセンターがあり、その奥に倉庫がありました。

 バナナというのは温度調整など特別な保管が必要ならしいですが、昭和59年当時は運ぶ時も毛布を掛けていた記憶があります。その後、バナナは特別なトラックに装備がないと運べないことになったような記憶もあります。

 たしかバナナセンターと呼ばれていたと思いますが、その倉庫におろすのはレモン、オレンジ、キウィなど外国から運ばれてきた果物全般で、これを外果(がいか)と呼んでいました。

 時刻は15時31分になっています。昼前には宇出津新港まで買物に出掛けていました。戻ってから深澤諭史弁護士のタイムラインを見ると、また、黙っていられないようなツイートが増えていました。

 高槻の市場で荷物をおろしてからは、神戸に向かいました。あらかじめ帰りの荷物が決まっていたのだと思います。関西で、かつらぎ町のミカン以外の帰り荷があったのは珍しいことだったと思いますが、同じ10月頃には、泉佐野市辺りの泉北という大きな倉庫から外果を積んできたこともありました。

 金沢市場輸送での最後の運行も神戸でしたが、空車で戻ってきました。かつらぎ町の仕事は、既に書いていると思いますが被告訴人東渡好信が取り持った七尾市の丸一運送の仕事です。平成3年の年内はミカンばかりでしたが、年が明けてしばらくするとミカンはなくなって八朔かそんな果物に変わりました。

 かつらぎ町の仕事は1月一杯ぐらいだったように思います。2月の前半もあったかもしれませんが、かつらぎ町の仕事がなくなると、運行も関東方面に集中するようになったかと思います。

 高槻の市場から向かったのは神戸の港島(ポートアイランド)です。昭和59年に金沢市場輸送の4トン車でよく行ったのと同じ、エルヨンという倉庫でした。L4だと思いますが、エルヨンと呼ばれていました。外果の倉庫です。

 港島には中西水産輸送の4トン車に乗務していた頃、前妻を同乗させていて、夜に九州方面から国道43号線を走って向かった場面の記憶が割と強く残っていました。中西運輸商では九州と広島、岡山方面の運行がほとんどでしたが、神戸に行ったのは珍しくもあったので、印象に残っています。

 神戸ではL4の他にも市場の近くらしいあたりに、外果の倉庫があって、バナナセンターと呼ばれていたような気もします。神戸の市場というのはその近くを通ったことがある程度か、荷降ろしも一度はしたような気もするのですが、市場にはほとんど行くことがなかったと思います。

 その神戸のバナナセンターには中西運輸商の仕事でも行った憶えがあるのですが、金沢市場輸送で大型車に乗務してからも行くことがありました。2回ぐらい行ったような気がしますが、はっきり憶えているのは、そこに神戸で生活をしていた被告訴人OKNと落ち合ったことです。

 「2013年6月から2014年12月に作成した告訴状の下書き」には書いたように思いますが、宮崎県の都城市で積んだ特殊車両用の大きなタイヤを、神戸の魚崎埠頭辺りに降ろし、その帰り荷でバナナセンターに行ったようにも思うのです。
寝ないで神戸に行けば遊びに行くようなことも電話で話していたように思います。何度か神戸の被告訴人OKNのところに遊びに行くような話はしていましたが、実際に行くようなことはなかったです。5月頃の筍の時期には、淡路島へのフェリー乗り場から何度か電話をしていました。

 徳島の市場にはスイカを積んで行くこともあったかと思います。明石市だったか須磨区だったか忘れましたが、フェリーで淡路島に渡って、淡路島から徳島の方は大きな橋が掛かっていたように思います。

 エルヨンに行った時はすごく懐かしいとも思いました。レモンやオレンジのような外果を積んだのだと思いますが、荷物の卸先は富山県の高岡市の市場でした。それも休日の午前中に荷降ろしをしたという記憶が残っています。

 昼過ぎには金沢に戻ってきて、それから金沢市大場町東の家に住んでいた被告訴人OKNの家に遊びに行きました。家に行ったところまではよく憶えているのですが、その先のことは現在思い出せなくなっています。

 大場町東の被告訴人OKNの家には、一度だけ泊まりに行ったこともありましたが、それは平成4年の2月頃ではなかったかと思います。平成3年の春に引っ越しを手伝ってから全部で、5,6回も行ったでしょうか。夜に行ったのも9月を除けば泊まりに行った時だけだったように思います。

 9月というのは被告訴人OKNの兄である被告訴人OSNの結婚祝いの飲み会のことです。9月の20日頃だったと思いますが、私は被告訴人KYNと二人で彼の車に同乗をして向かい、帰りも夜のうちに彼の車に同乗をして帰ってきました。

 トラックに巾着袋を忘れ、そのことで一度、自宅に戻ってから会社に電話を掛け、被害者AAさんと話をしたのもその夕方のことであったと思います。以前はもっと日付や時期の特定もできていたはずですが、今は記憶にあるままに書いています。

 既に書いたことかと思いますが、被告訴人OKNに被害者AAさんのことを相談したのは12月に入ってからだと思います。10月や11月の時点では、仕事も違う被告訴人OKNが被害者AAさんとの関係や問題を知るとは、まったく考えていなかったように思います。

 前妻と離婚したことは早いうちから話をしていて、特に印象に残っているのは夕方の早い時間、明るい時間に被告訴人OKNと被告訴人OKNの妻と長女もいたように思いますが、4人で、ジャスコ若宮店の中にあるスガキヤというラーメン屋でラーメンを食べたことです。よくある飲食コーナーの場所です。

 同じ頃には、被告訴人OKNに誘われて東インターの近くにあったルネス金沢の温水プールに行ったことです。スガキヤの時も私はすごく落ち込んでいたので、気を遣って慰めてくれるように見えていました。

 休日の午後に、被告訴人OKNの3人家族と一緒に野々市のジャスコに行ったこともありました。野々市は現在の野々市市ですが、当時のジャスコ野々市店は中央市場の近くの若宮店よりはるかに大きな店舗で、ちょっとした高層ビルのような建物になっていました。

 被告訴人OKNが大場町東に住んでいたことを考えると、大場町東は河北郡に近く、野々市は石川郡だったので、全くの逆方向でかなり離れています。なぜ野々市のジャスコに行ったのかも不思議な気もしますが、彼の長女のことでもなにか印象に残る場面がありました。

 当時はサティもアル・プラザ平和堂もなかったので、郊外で大きな店となると野々市のジャスコが選択肢になったのかもしれません。中村町にはサンテラスユニーというデパートもありました。私は家族とサンテラスで買物をすることが多かったです。

 高槻の市場と言えば忘れられないのは、9月の中頃の被害者AAさんのフィルム貼りの時、午前中の9時から10時頃だったと思いますが、初めに被害者AAさんが2階から降りてきてフィルム貼りの手伝いを始めた時、その場にいたのが被告訴人多田敏明と津幡の山下君の二人のことです。

 その時、被告訴人多田敏明と津幡の山下君の二人は、今から大阪の高槻の市場に馬鈴薯を持っていく、日帰りで帰ってくると話、しばらく話をしながらフィルム貼りを手伝った後、4トンウィング車に乗って出発をしていきました。

 大阪府の高槻市というのは昭和59年の頃にはよく行っていました。京都市内から神戸市に向かう国道171号線の通過点として走っていたぐらいです。ただ、平成3年の秋に市場急配センターのトラックで市場に行った時には、以前にも来たことのある市場だと思いました。

 10月中の運行として他に印象にあるのは、静岡県の浜松市と静岡市の中間辺りに行ったことです。荷物をおろしてから急いで金沢に戻り、17時前には会社に戻ってきました。持っていった荷物は、河北郡津幡町の山の上にある日本専売公社の荷物でタバコのフィルターでした。

 当時は日本専売公社と呼ばれていたように思います。西金沢の近くにも倉庫のようなところがあって、そこにも何度か荷物を積みに行ったことがありましたが、金沢市場輸送のときだと思います。

 ついでに書くと、金沢市場輸送では一時期、静岡県の焼津市にある東洋水産にカップ麺を積みに行くことが度々ありました。マルちゃんでお馴染みのカップ麺です。卸先は松任市の外れか野々市町の外れか、金沢のの外れなのか微妙な場所にある小さな倉庫でした。

 本日書いた泉北の倉庫でも、市場急配センターの会社に電話を掛け、被害者AAさんとの間に印象的な会話があったのですが、今はそれもどういう内容だったのか思い出せなくなっています。

 神戸のL4も泉北の倉庫も積んだのは外果の果物でした。泉北ではキウィが多かったような記憶も残っています。泉北からの荷物は金沢の中央市場の裏側の倉庫で荷降ろしをしました。

 9月と10月は、東京の晴海埠頭と有明の倉庫から外果を積んでくる仕事もよくありました。中央市場の裏門からウロコ運送の方向にいくらか行ったところの道路沿いに、新しい倉庫ができていてそこで荷降ろしをしていたような記憶も残っています。

 一度、荷降ろしの作業をしているときに、被害者AAさんが歩いて連絡を伝えに来たこともありました。河野さんがなんとかと行っていたような記憶も少しだけ残っています。その時の彼女は不機嫌そうで、怒っているようにも見えたかもしれません。

 10月5日の電話のことは、これまでにも触れたことがありますが、節目という意味でも独立した項目として取り扱っておきたいと考えています。その夜の電話で私は初めて彼女に交際を申し込んだのですが、好きな人がいると言って、断られました。

 その10月5日の時点においても、彼女が言う好きな人とは私以外には考えにくく、断っておきながら会社では、それまで以上に親しく話しかけてくれるようになり、戸惑いながら無視をするような態度をすると、悲しそうな顔で涙を流しているようにも見えることがありました。

 そういう気になることが多かったので、私は彼女の自宅にも何度か電話を掛け、話をしました。彼女の方からつないでくれたので会話が続いたのですが、この前のこと考えなおしてくれ、とか、友達からでも、というと彼女は明るい感じですぐに断るという繰り返しでした。

 相談する度に、「あきらめや」「しつこいな」「あの子だって同じ会社やし、気まずくなりたくないだけやろ」などと否定的なことを、逆なでするように繰り替えていていたのも被告訴人安田敏でした。

 時刻は20時2分です。中断していました。Aコープ能都店にも少し買物に出かけていました。

 先ほどですが、次のツイートをTwitterにログインしているFirefoxのブラウザでリツイートしようと思ったところ、このツイートの匿名弁護士アカウントにブロックされていることに気が付きました。比較的最近のブロック化とも思われます。ツイートの内容も考えさせられるところが大です。

投稿者:Noooooooorth(マッドノースライム) 日時:2015/08/19 13:11 ツイート: https://twitter.com/Noooooooorth/status/633853789888380928
弁護士に対する「敷居の高さ」とは結局のところ「費用に対する不安感」の面が大きいと思われるので、弁護士費用保険が本当に広く行き渡ったとしたら、いわゆる「弁護士の敷居の高さ」についてはほぼ消滅するのではないかと思っている。

 大阪の強姦再審事件に対する弁護士アカウントのツイートがないものかと探していたところでした。昨夜は元裁判官の旭川の弁護士の言及ツイートも見つけましたが、今夜はまだ見つけていませんし、ありそうもない感じです。以前はミヤネ屋でも取り上げていたと思いますが、テレビでも観ていません。

 気になってので調べてみましたが、次の画像付きツイートによると、今月つまり8月の15日の時点ではブロックはされていなかったようです。次のスクリーンショット付きのツイートになります。

投稿者:s_hirono(非常上告-最高検察庁御中_ツイッター) 日時:2015/08/15 01:50 ツイート: https://twitter.com/s_hirono/status/632232784862425088
2015-08-15-015012_マッドノースライム(@Noooooooorth)さん | Twitter.jpg http://t.co/gjhRk0stiG

 前回が8月15日になるのだと思いますが、異様な印象を受けて気になったカバー写真は現在もそのままになっているようです。昨夜も、前に言及したうの字という匿名弁護士アカウントが、パワーアップの様相を呈していたので、これもどうなのかと考えていたところです。

 プロフィールの名前が次のように変わっていました。

”うんこバースト”うの字(@un_co__yokohama)さん | Twitter https://twitter.com/un_co__yokohama

 これに気がついたのは次のローカスこと実質実名弁護士のURLを含む言及ツイートを目にしたからです。

投稿者:lawkus(ystk) 日時:2015/08/19 18:25 ツイート: https://twitter.com/lawkus/status/633932708889034752
これはそのとおりで、それどころか社会的地位のある人ほどダメージは大きいとも言えるわけで。だからこそ「反対利益との比較衡量」という観点を持ち出さない限り正当化は困難と考えています。知る権利にどこまでの重みを認めるかの問題。 https://t.co/YzXK7S8vwO

 日付は19日で昨日のツイートになりますが、これは探しだすのに結構手間取りました。自分のスクリプトのAPIでローカスこと実質実名弁護士の最新のツイートを200件取得したところ、初めのものは8月18日の日付になっていました。うの字で検索しても見つからず、もっと前のものかとも。

 探しだしてツイートを見てみると、含まれているはうの字のツイートのURLだけでした。気がついたのですが、un_co__yokohamaというアカウント名が含まれているはずのURLが、t.coのツイッターの短縮URLに置き換わっていました。これだと探しだすのは一層困難です。

 社会人の常識としてどうかと思う、うの字のアカウントをで、弁護士法の品位を形骸化しているようにも思えるのですが、同業者でもあるローカスこと実質実名弁護士は気にすることもなく対応をやっているようです。同業者で同じ関東の弁護士のようです。

関東弁護士会連合会ブログ「調子に乗って勘弁れん」 | 関東弁護士会連合会 http://www.kanto-ba.org/column/

 ちょっと思い出したことがあるので調べてみたのが、上記のホームページです。刑裁サイ太がやっているコミケの類いの団体かと思っていたのですが、どうやらもっと正式な公益性もありそうな団体のようです。

 ホームページの一部を次に引用しますが、これは意外と言うより驚きです。ずいぶんと本格的な団体であるようです。

(引用開始)
引用URL>>>>:http://www.kanto-ba.org/about/ 関弁連とは? | 関東弁護士会連合会

関弁連って何の略ですか?

 関弁連というのは,関東弁護士「会」連合会のことで,東京高等裁判所管内の13の弁護士会によって構成されています。東京の三弁護士会(東京,第一東京,第二東京)と,関東地方の弁護士会(横浜,埼玉,千葉県,茨城県,栃木県,群馬)のほか,甲信越の弁護士会(山梨県,長野県,新潟県)及び静岡県の弁護士会が連合した組織です。

 関弁連に所属する弁護士の数は約2万人で,日本の弁護士の約60%が関弁連に属しています。

 全国には,「弁護士会連合会」(弁連)が,関弁連の他に,全国の高等裁判所に対応して,北から北海道,東北,中部,近畿,中国,四国,九州に設けられています。
 また,全国組織である「日本弁護士連合会」(日弁連)は,全国52の弁護士会及びそこに所属する弁護士・弁護士法人を構成員(会員)としています。つまり,52弁護士会は,日弁連の会員であると同時に,各地の弁連の構成員でもあるわけです。

 日弁連は,国家機関から監督を受けない「弁護士自治」を有し,この自治権の下に,弁護士会及び弁護士等の指導及び監督を行い,また,全国レベルで憲法,人権,災害支援,刑事司法と民事司法の改革,法曹養成,裁判員制度,男女共同参画等といった重要な諸課題について市民の視点から取り組んでいます。

 関弁連を始めとする各地の弁連は,各地で日弁連のこういった活動のサポートを務める一方,地域における諸課題に取り組むと共に,構成する弁護士会の連携・交流を図るための諸活動を展開しています。

(引用終了)

 このなかには、「”うんこバースト”うの字(@un_co__yokohama)さん」も弁護士会の会員の一人として含まれ、名を連ねていることになりそうです。うの字は、横浜弁護士会あらため神奈川県弁護士会所属の弁護士である可能性が高いです。

 「うんこバースト」というのをツイッターのプロフィールの名前に含めること自体、理解を超えていますが、これほどの下劣さは一般人でも珍しいのではないかと思えます。バーストというのは車のタイヤの破裂を思い起こさせますが、ウンコに爆竹でも破裂させたようなイメージです。

 昨夜のローカスこと実質実名弁護士のツイートのは他にも取り上げておきたくなるものがあったかと思いますが、「うんこバースト」に仲間意識でもあるように思えたので、そちらの方が理解に苦しみ頭を抱え込みたくなりました。

 私が少年時代の鉄道というのは、友達に聞いた話によると、トイレから糞尿を撒き散らしながら走っているとのことでした。衝撃的で信じ難くもあったのですが、そう言えば線路にはウンコやしいものや便所紙らしいものが落ちていました。トイレの構造もそのまま落下させる感じでした。

 私が言う「弁護士鉄道」というのは、社会に汚物を撒き散らしながら人の迷惑も顧みず、走っている暴走特急というイメージも含まれています。

 家のすぐ近くでもあったので、子供の頃はよく線路で遊んでいました。糞尿を撒き散らしながら走っているという話は、高校に入って電車通学を始めてからだったような気がします。ただ、線路で遊んでいてもウンコの臭がしたという思い出はありません。

 気になったので、今夜初めてネットで調べてみました。するとすぐに次のページが見つかりましたが、30年ぐらいまではやはり撒き散らしで、便器から線路が見えたとも言います。複数の切れ目の入った黒いゴムのようなものが落ちるところにあったことは記憶に残っています。

電車でウンコをすると線路に撒き散らすのですか? - 今はタンクにためて車両基地... - Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1411985719

 ずいぶんと乱暴な時代であったとも思いますが、当時は問題視されるような情報を聞いたことがなく、ごくごく身近な友達関係の中で話を聞いたもので、正直、半信半疑でした。走行中はともかく、駅に停車中だとそのまま下の線路に落ちることになりそうです。

 深澤諭史弁護士のタイムラインに10件ほど更新があったので、読み込んだところ、うの字のツイートのリツイートがありました。

リツイート)→  投稿者:fukazawas(深澤諭史) 日時:2015/08/20 20:37 ツイート: https://twitter.com/fukazawas/status/634328508613853184
RT @un_co__yokohama: 某寺事件は、とりあえず申立書を送って事件番号付けてから交渉を開始するという生活の知恵。
元のツイート)→ 投稿者:un_co__yokohama(”うんこバースト”うの字) 日時:2015/08/20 20:37 ツイート: https://twitter.com/un_co__yokohama/status/634328340040515585
某寺事件は、とりあえず申立書を送って事件番号付けてから交渉を開始するという生活の知恵。

 某寺事件というのは、いまのところ見当も付きません。弁護士らしい内容のうの字のツイートですが、深澤諭史弁護士もまったく同業者としての抵抗はないようです。これまでも、うの字のツイートのリツイートは、ときどき目にしています。

 深澤諭史弁護士が想定する対象の顧客層が、うの字のそれにも重なる部分があるのかとも考えることがあります。長期的にみれば、深澤諭史弁護士の場合、実名も出しているのでどうかのかと思いますが、本人がそれを承知でツイートをしているのでしょう。価値観の違いというのも幾らかありそうです。

 深澤諭史弁護士のリツイートを見ていると、そのままのAPIの処理ではエラーを起こす機種依存文字が目立つようになってきました。

 別の項目を作ってから書くつもりでいた内容を、この平成3年11月の事実関係の項目に書いてしまいました。私は深澤諭史弁護士などの弁護士らのネット上での反応も重視しているので、それはそれで意味のあることとも考えていますし、全体を読んでいただくことを重視しています。

 今日の午前中か昼には、過去の落合洋司弁護士(東京弁護士会)のブログに私がコメント投稿した内容を検索で調べていました。裁判員制度の遺体写真についての私のコメントを探したのですが、それは見つからなかったものの、思っていた以上に多く積極的なコメントがあったことを知りました。

 時刻は8月21日14時41分です。いろいろと考え事をしながら中断をしていました。先程になりますが、東京の渋谷区の弁護士のツイートがきっかけで、意外な発見がありました。めくるめく展開で5分ほどの短時間で、既に取り上げる予定の大阪の強姦再審事件に結びつきました。

 昨夜のうちか今朝になって、この項目名を「11月25日の電話までの状況」に改め、11月25日当日のことと切り離すことを考えていました。問題は、この項目の締めくくりを付けて、次の項目に移るかどうかということです。次の項目は刑事弁護が大きなテーマになります。

 ここ数日は、刑事弁護に関する材料が集まりすぎて、どうやってさばこうかと頭を悩ましていたところでもあります。さらなる材料が加わったことで、より充実したことが書けそうです。

 刑事弁護のテーマはシリーズ化することを考えています。私がこれまで長い間、考え続けてきた刑事弁護のありよう、評価の集大成にもできそうです。

 この項目で書くことは、残りとして多くはないと思います。というか正直なところ細かいことがあまり思い出せなくなっていると自覚しています。記憶の場面はいずれも断片的です。23年以上という月日の重みも感じています。

 11月25日に一番近かったこととして記憶にあるのは、天気の良い日の午後のことでした。16時過ぎぐらいだったとも思います。外に出ていた被害者AAさんが2階の事務所に戻ってきました。事務所は2階にしかないので市場急配センターの事務所といえば2階のことです。

 事務所には被害者AAさんが来て3人になったところであったと思います。被害者AAさんの姿を見ると、被告訴人池田宏美が、「このケーキ。広野さんがアヤちゃんのために買ってきてくれてんよ。食べなさいアヤちゃん。」と言ったのです。

 私も驚いたのですが、被害者AAさんはとてもうれしそうな顔をしていました。今思い出したところですが、そのケーキというのは銀行の通帳を被害者AAさんに作ってきてもらったことで、私が買ってきたものでした。ジャスコ若宮店の中のケーキ屋だったと思います。

 たしか、給料を銀行の振込にするために通帳を作ることになりました。報告を受けたのは午前中だったように思うのですが、被告訴人池田宏美に「あの子に行ってきてもらったし。あの子、なんでか30万円と3万円と別々に入れたみたいやけど」などと言われました。

 これは北國銀行中央市場支店で作られた通帳のはずです。2月14日に被告訴人安田敏の保証人になった借金を会社に返すときにも、私は中央市場支店でまとまったお金を降ろしたことを憶えています。ATMだったと思いますが、20万円かあるいは30万円です。25万円だったかもしれません。

 いきなり私の方から会社の事務員に通帳を作ってきてくれと頼むわけはないのですが、長距離の運行のでがけに被告訴人池田宏美に通帳を作る必要性の説明を受け、よかったら作ってきてあがるし、と言われたように憶えています。振込の手続きのついでという感じでした。

 30万円と3万を別々に入れたと言われたのですが、私が33万円の現金を被告訴人池田宏美に手渡したということはまずないはずです。本来の給料の入金の時に33万円というお金が出てきたのだと思います。

 当時の私の市場急配センターでの給料ですが、他の大型運転手と同じく固定の50万円ということになっていました。ただ、手取りでは40万円を超えたことは一度もありませんでした。これはよく憶えています。

 給料の計算システムは、歩合制でもあった金沢市場輸送の方が複雑でわかりづらくなっていましたが、手取りで40万円を超えることは普通にあって、一番多い時で43万でした。しかし、総額では50万円を超えたというのは見た覚えがなかったのです。

 ここですごく大事なことですが、私はずっと30万円と3万円が別々に振り込まれたということを憶えていて、上申書など裁判の書面に繰り返し書いてきたはずです。通帳は福井刑務所にいるとき、他のものと一緒に母親から郵送で差し入れてもらったことが考えられます。

 いずれにせよ、通帳で30万円と3万円が別々に振り込まれたという事実は確認が出来なかったと思います。もっと印象的に記憶にあるのは、出所後の平成9年の夏、直接、北國銀行中央市場支店に行って、銀行の人に調べてもらったことです。自分の記憶とは裏腹に事実の確認は出来ませんでした。

 その時は、さすがに北國銀行が依頼を受けて通帳の記録を改ざんしたとまでは考えなかったのですが、どう考えても納得のいかない結果で、銀行の人にもいくらか八つ当たりをするような態度にもなったかと思います。

 いたずれに疑惑を大きくするつもりはありませんが、岡田進弁護士が北國銀行の顧問弁護士であることは知っていました。ある事件の新聞記事でたまたま知ったことです。

 それは若い行員による横領事件でした。500万円程度とかそういう金額で、最近は余り見かけませんが石川県内でも横領事件の報道というのは結構あって、被害金額が1千万円に観たなかったというのは、あとにも先にもその事件だけで、その意味でも印象に残る事件でした。

 その事件の北國新聞の記事で、岡田進弁護士が顧問弁護士であるということと、なにか対応策のコメントのような記載もありました。その被疑者とは拘置所の運動の時にも顔を合わせていたので、そういうことでもいくらか身近に感じる事件でした。

 銀行のことですが、私は北國銀行中央市場支店で通帳を作る前は、「きんしん」こと金沢信用金庫の通帳を持っていたような憶えがあります。平成3年に市場急配センターで市内配達の仕事を始めた後に、ジャスコ若宮店のの何十メートルか手前にあるATMでお金を引き出していた記憶があるからです。

 ただ、それ以外に、金沢市内の金沢信用金庫の店舗で振込などの手続きをやったという記憶はなく、思い出すことが出来ません。もっと遡ると昭和60年当時は、加州相互銀行の松村支店によく行っていました。

 初めてATMのカードを作ったのもその時で、初っ端に福岡市内の銀行でカードを使い引き落としをしようとしたところ、暗証番号を間違って入力し、3回ぐらい間違えたので引き落としが出来なくなってしまって、とても困ったことがありました。

 ATMのカードが出来る前は、営業時間に銀行に行って窓口に並ぶという方法しかお金を降ろす方法もありませんでした。それだけ銀行に行く回数も多かったのだと思います。

 その後、結婚をして長距離の仕事をするようになってからは、パチンコやパチスロに散財をしたこともあり、どんなに不便でも銀行のカードは持ち歩かないようにしていました。持ち歩く前にカードは作っていなかったのかもしれません。

 離婚するまでお金のことは前妻に任せていたので、あるいは銀行の通帳自体を私は持っていないか、ほとんど使っていなかったのかもしれません。離婚届を妻の実家に行き父親に渡したのは、お盆休みに入ってすぐのことで、たぶん平成3年8月12日になるかと思っています。

 離婚したことはお盆休みが終わってすぐに被告訴人池田宏美に話したと思います。側には被害者AAさんもいたので、当然、話は聞いていると思いました。社会保険のことが頭にあったので、経理をする事務の被告訴人池田宏美にはすぐに報告をしたのです。

 さきほど書いた、金沢市場輸送と市場急配センターでの給料の手取りの違いですが、これも妻帯者であった金沢市場輸送の時と、独身となった市場急配センターの時とで違いが出ているのだろうとは考えていました。税金が全然違ってくるとは、聞いていましたが、具体的な違いまではしりませんでした。

 その保険のことだったように思いますが、自宅のアパートに金沢南郵便局まで郵便物を取りに来いという葉書が来ていました。自分の住む東力が南郵便局の管轄というのも意外だったのですが、経験のないことだったので、会社に被告訴人池田宏美に尋ねてみました。

 すると、被告訴人池田宏美の向かいの席で仕事をしていた被害者AAさんが顔を上げ、慌てたような感じで「あ、それ私の家の近く、私、行ってきてあげる。」と言ったのです。被告訴人池田宏美はやんわりと受け止め、「本人じゃないといけんよ。」と軽くたしなめていました。

 これも8月中のことであったように記憶しています。他にも細かいことはあったのですが、8月中から私は被害者AAさんのことを意識するようになっていて、まさかという思いや、気を遣っているだけかと考えながら、その金沢南郵便局の話の時は、なにかありそうだという予感がありました。

 予感や予兆が現実的なものとなったのが、9月中頃のフィルム貼りの手伝いを被害者AAさんがやってくれた時のことですが、これと10月5日のことは、事実関係の節目であるので、独立した項目として取り扱う予定でいます。

 もう一つ11月25日より前のこととして書いておきたいことがあります。それもある日の午後のことだったと思います。午後と言っても早い時間であったような気がします。市内配達が終わった運転手が集まりだすのは16時ぐらいだったと思いますが、それとは違った時間だったと思います。

 そういう時間でしたが市場急配センターの1階の休憩室には、わりと人の姿がありました。その時の私の記憶の中の状況では、外から休憩室を見て右側の方に机があったような気がするのですが、他にはその場所に机があったような記憶がないので、いくらか不思議に思っています。

 私の記憶の中の状況では、外から入って右側の端に、私は中央市場の方向を見て座っていたことになります。机があったように思えるのもそのためですが、私の右手の方には津幡の山下君が座っていました。彼は入り口の方に正面を向いて座っていたことになります。

 山下君がその早い時間に会社にいたことも私に話しかけてきたことも珍しかったのですが、彼が私に、最近見ないけど子供どうしとる?、というように話しかけてきました。私は歯切れの悪い対応をして離婚したことをなんとかごまかそうとしていたのですが、入り口から被告訴人東渡好信が入って来ました。

 現在、細かい会話の内容はこれも思い出せなくなっていますが、被告訴人東渡好信が、「もう、必要ないもんな。」と私に言ったことはよく憶えています。子供にプレゼントを買うか、遊びに連れて行くという話題になっていたときであったと思います。

 その時もやけに被告訴人東渡好信の登場のタイミングが良すぎるとは思っていたのですが、長い間、偶然だろうと思ってきました。当時は被告訴人東渡好信に対しても会社で都合のいい仕事をやりたいだけ、という思いがあったので、深く考えることはせず、他に見落としもあったのかと思えます。

 津幡の山下君には妻と男の小さい子どもがいました。妻は同級生とも聞いたことがありましたが、家庭優先で必要以外は会社にいないというイメージがありました。それだけ姿を見ることも少なかったのですが、たまには例外もありまして、それはまた別のことで書く予定です。

 津幡の山下君の妻子の姿は、1,2度市場急配センターの駐車場で見かけることがありました。奥さんの方は髪が長めで横や下を向いていたところだったので、顔の方も確認はしませんでしたが、それと思われる女の人の姿を見かけることは他にありませんでした。

 津幡の山下君のことは、市場急配センターの事務所がなくまだ金沢市場輸送にいた頃、会議室にあるような長いテーブルで、いつも沢山の伝票の整理を長い時間を掛けてやっている姿を見かけることが多かったという印象があります。たまたまなのか市場急配センターでは見かけませんでした。

 姫のNKさんもそうですが、ずいぶんと長い時間を掛けて伝票の整理をやっていたので、よほど手間の掛かる大変な作業なのかと思っていたのですが、実際にやってみると思ったほどの作業ではなく、責任感から丁寧にやっていたのかもしれませんが、とにかく時間を掛けて見るように見えました。

 市内配達では、津幡の山下君はずっと近江町市場の辺りを担当していたように思います。金沢市民の台所とも呼ばれ、今年は特に北陸新幹線の開通で注目の場所にもなっていますが、近江町の担当だと荷物もそれだけ多かったのではとも考えられます。

 被告訴人東渡好信ならば当時でも、あちこちに盗聴器でも仕掛けて、情報を集め、分析をしたり、利用をしていたことも考えられるのではないかと思います。見るからに胡散臭いところのある人物でしたが、そのように見せること、思わせることも計算ずくのようなところが垣間見られました。

 被告訴人東渡好信に子供のことでいやみったらしいことを言われだしたので、私はすぐに外に出ました。2階の事務所に向かったようにも思いますが、階段を登る前に、外から来た被害者AAさんと鉢合わせになって、声を掛けられたような記憶もあります。

 なにか報告を受けたような気がするのですが、あるいは銀行に行って手続きを済ませてきた、という話だったかと思います。

 被告訴人池田宏美にもほとんど同じような場所で同じタイミングで、30万円と3万円の話を聞かされたように思います。それは昼過ぎか、昼前の午前中だったような気もします。「あの子に銀行いってきてもらったけど、」というような言い方でした。

 確か、市場急配センターの階段は民家の非常口のようなドアで、正面からの出入り口と、休憩室の前のスペースの横の方から階段に登る出入り口があったと思います。一度外に出てから正面からの出入り口を使うことは少ないので、2階への行き来は横の方から階段に登ることが多かったと思います。

 ついでに書いておくと、市場急配センターの一階はただの物置のような状態でした。私が市内配達を始めた頃は、朝、30分ほど早めに会社に来て、そこで長野県から4トン車で積んできた桃やブドウの仕分けをやっていました。マルエーの店舗ごとの仕分け作業だったと思います。

 4トン車で長野から桃屋ブドウを運んでくるのは、被告訴人梅野博之か大倉さんがほとんどだったと思います。大倉さんは、被告訴人安田敏が平成14年以降になって私に、群馬県の国道18号線高崎市の辺りで、夜中に事故を起こし、死んだと言った人物です。

 同じ時、被告訴人安田敏は金沢市場輸送では他に、一人の運転手が東名高速の愛知県内で事故を起こして死に、自衛隊にいたという運転手は、石巻港で泊まりの時、どこか近くの公園で首吊り自殺をしたとも話していました。これも会話を録音して、金沢地方裁判所に提出してあるかと思います。

 大倉さんは被告訴人松平日出男の友達という感じで、年も同じぐらい。4トン車の持ち込み運転手をしていました。保冷車ではなかったようにも思うのですが、4トン車にしてはけっこう大きな荷台の箱で、中西運輸商のファミーというポンコツのトラックにも似ていました。昔のスーパーの名前かと。

 そういえば大倉さんも金沢市場輸送の麻雀の常連でした。休憩室が出来たばかりのころだったと思いますが、なにか私に金沢市内の泉ヶ丘か泉野あたりにあるという、麻雀荘に電話をしてくれなどと、よく意味のわからない頼みごとを言い出したことがありました。

 時刻は19時28分になっています。NHKの19時のニュース番組もそろそろ終わりの時間かと思いますが、この番組が始まる直前に、チャンネルをNHKに変えたところで、大きなニュースが字幕で飛び込んできました。高槻市の死体遺棄事件で逮捕状が出たというニュースです。

 弁護士のツイッターアカウントの反応を見るため、奥村徹弁護士のタイムラインを見ていたのですが、遡って行くとリツイートから、次の記事を知ることになりました。

悪質な「さおだけ屋」3本で13万円、切ったら返品ダメ・・・立ち向かう方法は?|弁護士ドットコムニュース http://www.bengo4.com/shohishahigai/1080/n_3578/

 いずれ独立した項目で取り上げる予定の事実の一部ですが、平成11年の1月の20日頃、被告訴人OKNはリフォームの営業の仕事の話を私に持ちかけてきた時、夕方に、駅西本町の本陣不動産株式会社の事務所に私を招き入れて仕事の話をしました。

 私は宅地建物取引主任者の資格の勉強もしていたので知っていたのですが、不動産会社の事務所に赴いて成立した売買契約は、クーリングオフの対象外になっていたはずです。記事を読んでそのことを久しぶりに思い出したので、忘れないうちに書いておきます。

 19時58分です。まだ20時前というのは少し意外に感じました。今見つけた刑裁サイ太のツイートも、理解を超えていて弁護士の頭の中はどうなっているのかと、またしても考えさせられました。

投稿者:uwaaaa(サイ太) 日時:2015/08/21 17:51 ツイート: https://twitter.com/uwaaaa/status/634648989674029056
死亡事故を専門に扱う事務所の保留音「帰ってきたヨッパライ」

 こういう刑裁サイ太のような弁護士が、いっぱしに刑事弁護や国選弁護について語ってるのは、司法鮮度についてあらためて真剣に見つめて考える共有財産だと考えました。

 2時間程度の時間差があるようですが、次のようなツイートも刑裁サイ太はやっていました。プロボノ活動についてはなんとなく理解をしているつもりですが、あらためて調べておく必要性を感じました。

投稿者:uwaaaa(サイ太) 日時:2015/08/21 16:07 ツイート: https://twitter.com/uwaaaa/status/634622879452172288
プロボノ活動の一環である法律扶助のせいで報酬相場が下がる業界の人って…

弁護士 プロボノ活動 - Google 検索 https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E3%80%80%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%9C%E3%83%8E%E6%B4%BB%E5%8B%95

 とりあえず上記のキーワードでGoogleの検索をやったところですが、検索結果の要約の中に「社会貢献」という言葉が見えました。弁護士法には「社会正義の実現」とあるはずですが、社会貢献の身近なイメージはゴミ掃除、弁護士は社会に汚物を撒き散らすイメージが強く真逆です。

 ここ数日、自重するようにもなったと思っていた落合洋司弁護士(東京弁護士会)のタイムラインでも、最新のツイートとして、自分の見方が全く外れていたと確認されてくれるようなものが出ていました。次のツイートです。相変わらずの「ちゃん」付です。

投稿者:yjochi(落合洋司 Yoji Ochiai) 日時:2015/08/21 19:08 ツイート: https://twitter.com/yjochi/status/634668432600858624
安倍ちゃんが終戦時の首相だったら、日本は滅亡してたな。

 リンクの記事は今から読むところですが、次のツイートの内容に関連がありそうです。テレビでも一つだけごく短いものでしたが、それらしいニュースを見かけていました。何とか議員ことかと思います。

投稿者:yjochi(落合洋司 Yoji Ochiai) 日時:2015/08/21 19:07 ツイート: https://twitter.com/yjochi/status/634668142023675904
またか。いい加減やめたら。→安保法案審議中に安倍首相が不規則発言 委員長の注意受け撤回 http://t.co/pZsC5jq5nt

 落合洋司弁護士(東京弁護士会)のリンクが個別の記事のURLではなかったですが、時間的に近接していたのでそれらしい記事のリンクを見つけることが出来ました。次がその記事の引用です。

(引用開始)
引用URL>>>>:http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20150821-00000770-fnn-pol 安保法案審議中に安倍首相が不規則発言 委員長の注意受け撤回(フジテレビ系(FNN)) - Yahoo!ニュース

安全保障関連法案を審議している参議院の特別委員会で、21日、安倍首相のヤジで、審議がストップする場面があった。
民主党の蓮舫代表代行は、「良くないですよ!」、「総理は、『そんなことどうでもいいじゃん』と、どういうことでしょうか」とただした。
安倍首相は「わたしは、『どうでもいい』などと、言ったわけではなくてですね。いずれにしましても、わたしの自席からの発言を撤回させていただきます」と述べた。
民主党の蓮舫議員の質問中、安倍首相が、不規則発言を行い、審議が紛糾、一時ストップした。
安倍首相は、鴻池委員長の注意を受け、発言を撤回した。

最終更新:8月21日(金)18時29分

Fuji News Network


(引用終了)

 「そんなことどうでもいいじゃん」というのはずいぶんとくだけた物言いですが、あえてそのような対応をするだけの強いメッセージ的な示唆や意思表示があるように感じられていました。落合洋司弁護士(東京弁護士会)はその撒き餌に食いついてきた雑魚にも見えます。

 落合洋司弁護士(東京弁護士会)は数カ月前になるかと思いますが、ブロックした数を手柄のように自慢するようなツイートもやっていました。反論などを侮辱のように決めつけ、即座にブロックをしているようです。独裁的で民主主義の精神とは真逆とも思えるのですが、基本のスタンスは相変わらずです。

 モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)と同様に、検事をしていたという肩書は一生涯、最大限に利用していくつもりかと思います。まともな法律家と思っていた頃は、本当に詐欺被害にあったようなもので、時間を取り戻して欲しいと思うぐらいですが、それはかなわぬことでしょう。

 具体的な経済的な被害が出ていない以上、詐欺罪は成立しないという構成要件を知っているからでもありますが、実質的な被害というのは強く大きく感じています。モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のように直接、被害の訴えが出来ないのが残念無念でもあります。

 過去は取り戻すことが出来ませんが、将来的未来的な間接的な被害を被ることは、ずっと前から想定し、それだけに記録という対応と牽制もやってきたつもりでいます。政治家に色目を使った発言が多くなったという印象も受けておりますが、今でもたまに刑事事件の言及をやっています。

 ここ最近はテレビで見ていませんが、テレビでのコメントなどを見ていると、必要以上に慎重に控えめなコメントだと感じることがほとんどでもありました。極端な多重性を感じさせる弁護士でもあります。落合洋司弁護士(東京弁護士会)のことです。

 政治的な面でも、本当に大事なことを見えにくくさせてくれていると感じることの多い落合洋司弁護士(東京弁護士会)ですが、それは弁護士全般に共通して感じられることで、刑事裁判や刑務所での生活を経験してるだけに、感じること考えることも多いです。

 20時46分です。今、テレビのNHKのニュース速報で「逮捕状の40代男 身柄確保」という速報が出ました。ツイッターを見ながら、警察署で任意の取り調べを受けているのではと考えていたのですが、警察署の取調室にいた場合に、身柄の確保とは言わないような気がしました。

 どうも警察はこれまで以上に細かい段階を踏んで、・・・と書き始めたところで、逮捕という字幕での速報です。

 逮捕する方針ですという現場からのリポートが終わった直後に、字幕でもあるように逮捕しましたというアナウンスがありました。現場の中継より速報が先を行ったようです。こういう報道を見たのも今回が初めてかと思います。逮捕されたということはまもなく名前も出そうです。

 今日の昼の報道で警察は防犯カメラの分析から被疑者を特定しつつある、追い込んでいるという印象は受けていたのですが、想像を超えた急展開になっています。

 ネットのニュース記事でみたようにも思いますが、防犯カメラの役割の大きさは、これまでとは違ったこれからの刑事弁護のあり方にも大きな変化を与えそうだと考えていました。

 大阪府の高槻市や寝屋川市というのは、昔、長距離トラックの仕事で行っていたのである程度の土地勘もあるのですが、京都府に近く大阪府では北部ということになるのかと思います。弁護士があげつらう大阪府警の不祥事というのは、大阪府でも堺市など南部に集中している印象もあります。

 21時のNHKのニュース番組が始まってすぐ、不明の男子生徒も遺体で発見されたという報道を目にしました。まだ、逮捕されたという40代男性の名前は出ていません。これもずいぶんと久しぶりのことかと思います。精神障害の疑いのありそうな事件でも、逮捕とほぼ同時に名前が報道されていました。

 NHKでは、立ち回り先を調べたところ見つからず、そのあと走行中の車を発見したので慎重に追跡、逮捕したとあるので、防犯カメラの映像だけでは証拠として不十分と考え、いまのところ実名の報道を控えているのかと考えたりしています。

 45歳の男ということですが、帽子を被って俯いていたものの実名より先に、捜査車両で連行される後部席の被疑者の姿を見たのも、おそらく初めての経験です。メキシコをイメージさせるような、田舎ではまず見ることのない帽子を被っていました。

 次の速報では名前も出そうに思いますが、今夜のこの事件報道では警察の存在意義を強く感じさせられるとともに、相対的な弁護士の影の薄さ、無用論も感じさせてくれました。ネットでは存在している次のニュースも、なぜかテレビでは全く報道を見ていません。

(引用開始)
引用URL>>>>:http://www.jiji.com/jc/zc?k=201508/2015082100678&g=soc 時事ドットコム:「淡々と仕事こなす」=指定弁護士が会見-東電事故

一緒に選任された神山啓史弁護士は「大変な事件を受けたと思っている。全力を尽くしてやりたい」とだけ述べた。
 起訴議決をした東京第5検察審査会で審査補助員を務めた山内久光弁護士は「審査員が真摯に検討して出した結論を大事に、刑事訴訟法などに従って忠実にやりたい」と話した。
 3人は今後、必要ならば関係者の事情聴取など補充捜査をし、勝俣元会長らを強制起訴する。起訴の時期などについて、石田弁護士は「守秘義務違反になる」と話し、言及を避けた。(2015/08/21-17:10)

(引用終了)*

 続きは新規の項目として書きたいと思います。11月25日の電話の前の状況ですが、また、思い出すことがあれば、別のところで書きたいと思います。その時は、10月5日からの前後の状況として具体的な事実を書くことになるかと思います。

2015-08-21 金曜日 21:27 << [[ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]<<

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