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2015年6月29日 (月)

平成4年の控訴審公判において初めて会った被害者の父親と兄 2014年02月26日

平成4年の控訴審公判において初めて会った被害者の父親と兄 2014年02月26日
東北陸運は石巻と塩釜にありました。塩釜の方が本社だったと思います。苫東陸運というトラックもあってカラーやデザインが同じだったので、子会社化関連会社だと思います。もちろん北海道の苫小牧のことだと思っていました。フェリーで中継の荷物を積んできていました。


東北陸運に関しては半年ぐらい前にGoogleのストリートビューで見ることが出来たのですが、どちらも平成の初め頃と同じ場所に所在するようでした。


塩釜の方は建物も以前と同じに見えました。しかし本来は震災の被害を受けている可能性が高いと考えられるので、建物がそのまま残っているとは考えにくいとも思いました。塩釜の方は海から比較的離れていたとも思いますが、海抜はほとんどないような平地だったと思います。国道45線よりは海側でした。


信頼を得て任されるようになったのか、東北陸運の仕事はどんどん増えてきました。ちょうどバブル景気が始まった頃で、グルメとか美食という文化も出てきたご時世だったので、海産物の流通量自体が飛躍的に増えていたのかもしれません。


時期によっても荷物の量には違いがありました。サンマが多かったり種類による違いもありましたが、年末は特に荷物が多く、大型車4台でも乗り切らないことがあったと記憶しています。4トン車も入っていました。


東北便は、まず新潟県の糸魚川の市場で荷物をおろしました。面倒でしたがほとんど必ずあったと思います。面倒以上に困ったのは北陸自動車道の糸魚川インターの乗り降りでした。糸魚川に限ったことではないのですが、台貫場があって、重量違反の取り締まりを受ける可能性があったからです。


幸いなことに私自身は一度も台貫に引っ張られたことはなかったと思うのですが、同じ金沢市場輸送の他の数人が台貫で反則切符を切られ、その際の受け答えに問題があって、それが会社の不利に働き、なにか制限を受けるようになったと聞きました。


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