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2015年6月30日 (火)

「写真資料> 一件記録・写真/2014年作成/平成7年7月27日付損害賠 償事件判決_金沢地方裁判所裁判官古川龍一」について 2014年9月5日

「写真資料> 一件記録・写真/2014年作成/平成7年7月27日付損害賠 償事件判決_金沢地方裁判所裁判官古川龍一」について 2014年9月5日
<2014-09-05 金 07:24> [ ←これからの記述範囲の開始時刻]]


昨夜は久しぶりにテレビと電気をつけたまま、横になって寝ていました。深夜1時を過ぎたころもテレビを見ていたことは憶えていますが、ちょっとした気の緩みでいつの間にか寝てしまっていたようです。


5時過ぎにテレビの音で目が覚めたのですが、もう一度眠ろうと思ったものの眠れず、7時過ぎになって布団から出てきました。


7時に能登町役場から音楽が流れるのはお決まりなのですが、2年ほど前からだと思いますが、四季ごとに曲が変わるようになりました。起きていてもテレビをつけていれば曲が聞こえることはないのですが、布団に入っていたので聴こえてきました。


「照る山紅葉」という歌詞が含まれるお馴染みの曲だったのですが、朝の音楽にしては違和感を感じました。それで先ほどネットで調べたのですが、やはり曲の出だしが、「秋の夕日に照る山もみじ」となっており、午後や晩秋をイメージさせる曲です。


私がずっと宇出津に住んでいた二十歳前の頃だったと思いますが、当時は朝の6時に音楽が流れ、ずっとずっと同じ曲でした。海や朝日をイメージさせる曲というかメロディでしたが、他にそのメロディの曲を耳にする機会は一度もなく、曲名も何もわかりません。


私が福井刑務所から出てきて宇出津に住まいを始めた頃には、音楽の時間が7時になっていて、7時と12時と18時にそれぞれ、音楽が流れていましたが、曲はずっと同じだったように思います。


2010年の12月の20日頃から小木港にアジ釣りに行くようになり、7時の音楽を聞くようになったのですが、その頃から小木では宇出津と違い、四季ごとに音楽が変わっていました。


朝の音楽といえば、拘置所や刑務所の生活でもお決まりでした。金沢刑務所の場合は拘置所も同じですが、ひと月ごとに音楽が変わっていました。ハワイアンのような音楽など多彩でしたが、四季にあったものが多かったとも思います。


朝の音楽は起床の合図でもありましたが、点呼が始まるまで15分ぐらい音楽が流れ続けていたように思いますし、その間、4,5曲の音楽があったように思います。


福井刑務所の方でもたぶん毎朝音楽が流れていたと思うのですが、どんな曲だったのかもさっぱり思い出せなくなっています。


福井刑務所の場合、未だ印象に強く残っているのは21時の消灯前、5分ほど流れる音楽でした。金沢刑務所も同じように曲が流れていましたが、曲は就寝時もひと月ごとに変わっていたように思います。


福井刑務所ではずっと同じ曲でしたし、終わりにとても暗い感じの女の人の声でおやすみのあいさつが含まれていました。


福井刑務所にいたのは平成6年3月17日から平成9年1月18日まででした。その間、一日も欠かさず、就寝時にはその曲を聴いていたことになるかと思います。


以前はテレビなどでもたまに耳にすることのある曲というかメロディでしたが、ここ数年はまったく耳にしていないと思います。その曲は何かの機会に、曲名を知ることが出来ました。小さい頃の昭和40年台にも耳にしていたような曲です。


8時4分ぐらいから気がついてテレビをつけていたのですが、NHK連続小説ドラマ「花子とアン」で、太平洋戦争突入の臨時ニュースがありました。ドラマの話ですが、戦後のレジームと弁護士の沿革、歴史と重ねて思いを馳せるところがあります。


福井刑務所の就寝時に流れていた曲です。→ シバの女王 レーモン・ルフェーブル La Reine de Saba - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=uoJ-aZeygiU


一度福井刑務所に入ってから満期出所するまで、建物の外に出たことは一度もなかったのですが、例外に近いことが一度あり、それも昨日にわかに私の中でクローズアップした長谷川紘之弁護士との関連性がありました。


まずは昨日の続きからご説明を始めたいと思います。一昨日かあるいはその前の日になるかと思いますが、久しぶりにBloggerのブログでPicasaウェブアルバムの写真ファイルを読み込んでみたのがきっかけでした。


写真ファイルの挿入や表示と言っても、その実質はHTMLのソースコードの取得になります。一度に複数の写真ファイルを挿入できることに気がついたので、それを利用するスクリプトの作成を考えました。


HTMLのソースコードに日本語のファイル名が、URLエンコードしたかたちで含まれていたので、それをURLデコードして使うことも考えたのですが、Twitterでの反応や指摘を期待して、同じ写真ファイルをTwitterに投稿して、それと連携させることにしました。


言葉で十分な説明をすることは不可能にも近いと考えているので、今回もパソコンの操作画面を記録したキャプチャ動画を、YouTubeに投稿することにしました。10分ちょっとの再生時間になっていますが、次のYouTube動画です。


BloggerのPicasaウェブアルバムとの連携とTwitterの写真付きツイートを利用したスクリプトの処理とブログへの投稿と閲覧のご紹介_2014年09月04日11時42分27秒.mp4 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=KPXYDOincag&feature=youtu.be


これからになりますが、写真撮影した書面の部分を指摘しながらご説明をしていく予定です。


アップロードが完了してから確認を兼ねて再生をながめていたのですが、そこで初めてファイル名の連番と内容に齟齬があることに気が付きました。6番目にあるはずのものが最後の15番目のものと入れ違っているような感じだったと思います。


スクリプトを使って自動で処理をしていたのだと思いますが、撮り直しで撮影日時のExif情報に食い違いのあるものを、気が付かずに使っていたのだと思われます。


現在使っているデジカメは、今確認したところ2012年9月9日の夕方遅くに、穴水の100満ボルト穴水店で買ったものです。次のPicasaウェブアルバムで確認しました。


2012-09/能登空港航空祭-琴ヶ浜-能登金剛 - 廣野秀樹 - Picasa ウェブ アルバム https://picasaweb.google.com/114099790846205945578/201209#


スクーターのバイクで能登金剛や旧福浦灯台まで行った帰り、立ち寄った電化店でなかば衝動買いをしたのですが、ピンぼけせずに書面の撮影をするのが一番の目的でした。


ただ、実際はそれ以前のデジカメで撮影した書面の写真ファイルを使っているのがほとんどかと思います。


供述調書などまとめて2,30枚の撮影をすることも多かったのですが、古いデジカメでは写真がボケて撮り直しをすることが多く、その過程で間違いが生じることも危惧していました。


現在はどうかわかりませんが、供述調書や判決書ではページ番号がふられておらず、ページにまたがる文章で判断するほかはなかったからです。


古いデジカメでは日光が弱いとピンぼけしやすかったのですが、それで明るい場所を選んで撮影をすると、一部日光が反射して、文字が判別しにくくなるということもありました。


巌門は能登半島で一番有名な景勝地かもしれません。能登金剛とも呼ばれているようです。同じ能登半島でもまるっきり反対側になるので、滅多に行くことはないし、今までに行った回数というのも少ないと思います。


巌門の場合も国道沿いではなかったと思いますが、以前は羽咋郡富来町になっていたと思います。数年前に羽咋郡志賀町に合併されていると思いますが、テレビでたまたま見た情報なので、よくはわかっていません。


富来町 (石川県) - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E6%9D%A5%E7%94%BA_(%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E7%9C%8C)


上記のページに「2005年(平成17年)9月1日に、志賀町と新設合併して新しい志賀町となり、自治体としては消滅した。」という情報がありました。


バイクで行った時は、次の能登中核工場団地の入り口の場所まで行きました。


投稿者:s_hirono(非常上告-最高検察庁御中ツイッター) 日時:2014/09/05 09:59 ツイート: https://twitter.com/shirono/status/507694472864362497
能登空港航空祭-琴ヶ浜-能登金剛_2012年09月09日17時10分57秒.jpg http://t.co/55cRRIqsvU


能登中核工場団地は、志賀町の工業団地と呼ぶことが多かったと思いますが、平成14年の11月の下旬から一年半ぐらい通ったように思います。既に本書で書いていると思いますが、人材派遣の仕事で羽咋市の派遣会社の寮であるアパートから通っていました。


時期がはっきり思い出せないのですが、2004年には派遣先が、志賀町の別の電子部品の工場になっていました。時期を確認できるのは次の情報です。


スマトラ島沖地震 (2004年) - Wikipedia http://bit.ly/1uCxH8G


その地震と大津波の報道があった翌日か翌々日には、その志賀町の工場での仕事も終わりになったのですが、どれぐらいいたのかはっきり思い出せません。たぶん3ヶ月ぐらいだったと思うので、その年(平成16年)の9月ころまでは、志賀町の工業団地の方に通っていたように思います。


今調べてわかったのですが、どうも今年の3月に閉鎖になったようです。次の情報です。


志賀の古河電工子会社工場閉鎖へ 3月末  - 石川のニュース - 都道府県別 - 47NEWS(よんななニュース) http://www.47news.jp/localnews/ishikawa/2014/01/post_20140116040200.html


「アクセスケーブル」という社名になっていましたが、茨城県の古河市に本社があるようなことは聞いていましたし、茨城県の方から単身赴任しているような社員の人もいました。


また、悪い癖が出て項目のタイトル名から外れた方向に進んでしまいましたが、アクセスケーブル株式会社に通っていた頃は、よく御庁つまり金沢地方検察庁に電話をしていました。担当者は天山さんの次の二人目で、タウエさんだったと思います。


田上という漢字になりそうですが、漢字の確認はしておらず、田植という可能性も否定は出来ないと思います。


ちなみに金沢市には田上と書いて「たがみ」という地名というか町名がありますが、田上といえば金沢刑務所の代名詞にもなっているかと思います。住所も金沢市田上公一番地になっていました。


先ほどの能登中核工場団地の入り口の写真は、金沢市方面の羽咋市から来る方とは、反対側の出入口になります。以前はちょうどその辺りにここから富来町というような道路標識の看板があったと記憶しています。


通勤とは反対側の出入口だったので滅多に行くことはなかったのですが、昼休み時間にそちらの富来町に入った辺りまで車で行って、そこから金沢地方検察庁のタウエさんに電話をして話したことなど印象的に記憶しています。


その富来町に入った辺りの国道沿いにはガソリンスタンドもあったのですが、すっかりと廃墟となり草が生い茂っていたのも月日の流れを感じさせる印象的な光景でした。


タウエさんには私が提出した書面で、とてもいいと思うところがある、と言われながら、どの部分なのか具体的に教えてもらえなかったことも、とても印象深いことの一つで、その後にも大きな影響を受けてきたと思います。


当時は謎かけ問答の答えを考える余裕もなかったと思いますが、今はいつ提出した正面のことなのかもわからなくなっています。あるいはそこに弁護士に対する不信と問題性が、指し示されていたのかもしれませんが、全く気が付かなかったと言えます。


能登中核工場団地というか志賀町の工業団地に感しては、もうひとつ触れておきたいことがあるのですが、全国的にも有名な志賀町原発の敷地内に、ビニール溶接の講習を受けに行った話です。


時刻は9月8日6時56分になっています。中断をしていましたが、新たなテーマで一つ書いておきたいことが出てきたので、そちらを先にしたいと思います。


<2014-09-08 月 06:58> [ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]


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