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2015年6月29日 (月)

冤罪と再審請求に関する弁護士の対応及び責任に関する疑問点の再確認 2014年12月7日 :POST:

冤罪と再審請求に関する弁護士の対応及び責任に関する疑問点の再確認 2014年12月7日 :POST:
<2014-12-07 日 04:35> [ ←これからの記述範囲の開始時刻]]


告発-金沢地方検察庁御中ツイッター(kkhirono)に投稿しているので確認できるのですが、昨夜の19時16分から中断していたようです。夕食を作って食べた後、テレビで新・情報7daysニュースキャスターという番組を見ていたのは憶えているのですが、テレビを消した後寝ていました。


3時頃に目が覚めたのですが、また寒さもあって寝直すことも出来ません。無理に眠ろうとしても時間の無駄になるので、少しでも作業を進めたいと思います。昨夜も中途半端なところで中断してしまいました。


普段は余りやらないことなのですが、Emacsの画面を二分割して昨日分の記事を参照しながら書いていこうと思います。


作業中のパソコンの画面は次のスクリーンショットような感じになっています。


2014-12-07-044536_emacs23.jpg pic.twitter.com/MQVLYQ4z8X


一日でも時間を置くと考えて書くことのまとまりも悪くなるのですが、昨日は言及に適した素材が多かったので、出来る限りその素材を活かした説明を書いておきたいところです。


A)"さて問題です。事情聴取が面倒臭いからと書類をでっち上げて済ませた警官の所属はどこの警察でしょう/ジャーナリスト江川紹子","http://hirono2014k.wordpress.com/?p=9596"


上記A)の記事から言及したいと思います。既に本書では何度かご説明を書いていると思いますが、本書の内容は出来る限り、一行書くごとに独自に作成したプログラムを使いTwitterに投稿しております。


TwitterのAPIを利用しているだけで大したことはしていないのですが、具体的にはキーボードのF9ボタンを押すことで、カーソルのある行の内容をツイートするようにしています。


端末から直接コマンドを実行すると送信に失敗した場合、エラーのメッセージが内部のプログラムの状況とともに表示されるのですが、Emacsから間接的に利用しているため、いちいち確認は出来ないことになっています。


Emacsの方でも外部コマンドの返却値でエラーを判別してそれに応じた処理をするということも可能かとは思いますが、そこまではやっていないので、投稿されないまま気づかないこともあるかと思っています。


私の経験上、APIの失敗というのは割と出るものと思っています。と言っても500回から一千回にぐらいの頻度ではと私は考えています。Twitterの方で徹底的な同期を図る必要も私は考えておらず、無視できる程度の誤差かと考えています。


文字数オーバーでのエラーは、投稿以前にチェックをするようにしているので回避できているはずです。


それはそれとしてTwitterでは、同じ内容のツイートを一定期間受け付けないという仕様になっているはずです。細かく言えば投稿に使うAPIが異なれば、同じ内容でもツイートは出来たかもしれません。


具体的な問題としては昨日に本書で記載し投稿した記事とURLの行を、今日も同じように投稿できないということなるか思います。そういう不都合を回避するためA)という記号を行頭接頭辞として用いてみました。


今後は既にご紹介した記事を扱うのに次のようにもしてみようかと思います。つまりは接頭辞に日付の情報を入れます。


20141206)"さて問題です。事情聴取が面倒臭いからと書類をでっち上げて済ませた警官の所属はどこの警察でしょう/ジャーナリスト江川紹子","http://hirono2014k.wordpress.com/?p=9596"


本書では各見出しに日付をつけるようにしていますので、索引のような使い方も出来るかと思います。なるべく情報の重複を避けたいという理由もあります。


過去の記事に言及する場合、当日の当該見出しのなかでは、A)とかB)とか一意に識別出来る記号を行頭つけて取り扱いをしたいと思います。「上記Aの記事」などという感じで指し示します。


【実験】ツイッターで同じ内容の投稿をするには?|株式会社ECS 社長ブログ http://www.web-ecs.com/blog/2011/05/31/687


確認もかねて調べてみたのですが上記のネット上の情報によると、思ったほど同一内容のツイートの制限はきつくないようです。丸一日空けば、問題なさそうな感じです。


これまでは日記のようなスタイルで同じ日に一つの見出しとして書くという傾向が、このところずっと続いてきたかと思いますが、これからはそういう日々の流れをベースの本線として、個別の問題は適材適所の見出しとして配置するようにしたいと考えました。


そのベースとしての本線には今のところ二つのものを考えています。一つは現在の見出しにもなっている再審請求というテーマです。見地という言い方をした方がいいかもしれませんが、手続き上の目的を反映する方針です。


もうひとつのテーマとして2,3日ほど前から頭に浮かんできたのは、非常上告という手続きです。これは3つのTwitterアカウントの一つにもブログにも使っているテーマで、だいぶん前から看板の一つのようなものにしております。最重要テーマの一つです。


現在は再審請求というテーマをポイントというか軸にしておりますが、これはこれまでの経緯として、私の立場と認識の変化を物語るもので、後ろ向きな見方、過去の総括、精算、整理という意味合いを含むものです。


私は平成4年の傷害・準強姦被告事件に対する是正と法的救済を求めていますが、その方法、手段としてずっと考え関わっててきたのが再審請求でした。


実際の再審請求は平成15年が最後です。その後も準備を進め、金沢地方裁判所の方にも電話を掛けてお話をし、提出をするということでやってきましたが、実行することはありませんでした。


いつ頃まで再審請求のことをやっていたかというと、思い出しにくくなってはいるのですが、東日本大震災の当日にも金沢地方裁判所に電話をして書記官と話をしていたことは、鮮明な記憶として残っています。かけ直すか連絡待ちの間に大地震のニュースが飛び込んできたからです。


Twilogで当日のことを調べてみようかと思い立ちました。


廣野秀樹(@hirono_hideki)/2011年03月11日 - Twilog http://twilog.org/hirono_hideki/date-110311


TwilogのURLは、リクエストパラメータも使わず、とても完結でわかりやすいものになっているかと思います。2011年の部分は11と省略されていますが、一度見れば理解できる書式かと思います。


書記官のお名前のこともすっかり忘れていましたが、ざっと目を通したところ、他にも意外な発見があって記憶の片隅には残っているものの、大震災の当日だったとは驚きました。


思いつくキーワードで検索をしたのですが、直接には見つからず、有力なヒントとなる次のツイートを発見しました。


投稿者:hirono_hideki(廣野秀樹) 日時:2013/06/11 19:57 ツイート: https://twitter.com/hirono_hideki/status/344408080559243265
2013年6月11日_柳田温泉笹ゆり荘 - 廣野秀樹 - Picasa ウェブ アルバム http://t.co/tYDLpaoq5K 昨年の11月の20日頃、無料の法律相談に行き、相談が終わってから温泉に入りました。ロッカーのない浴場でフロントに財布とか預けました。


廣野秀樹 https://www.facebook.com/hirono.hideki/media_set?set=a.444961208885366.97074.100001144727722&type=3&l=93876b61bb


上記はFacebookの写真アルバムです。当日の法律相談のことをTwitterには具体的に投稿せず、Facebookの写真アルバムをリンクにしてありました。Facebookには次のようなメッセージが書いてありました。長いので2,3行に分割します。


1)今日は、能登町柳田の「ささゆり荘」で無料の法律相談を受けてきました。予約をしたのは8月の下旬だったかもしれないです。宇出津の能登町役場から松波の庁舎の方へ電話をして予約をしました。警察官検察事務官を含め具体的な名前は一人も出さずに相談をしました。


2)午前中は珠洲警察署と金沢地方検察庁にも電話をしました。昔は鳳至郡柳田村でした。正式には「やなぎだ」と読むのだと思いますが、自分の世代では、まだ「やないだ」呼ぶのが普通でした。


やっかいなことにFacebookでは投稿の日付もわからなそうです。1年以上前となっているだけです。他にもFacebookでは写真を投稿した場合、ファイル名はおろかExif情報の写真のデータそのものが全て破棄される仕様となっているようです。


Twitterの方では次のように投稿がなされているので、法律相談のあった日は11月20日に間違いないかと思います。


投稿者:hirono_hideki(廣野秀樹) 日時:2012/11/20 18:50 ツイート: https://twitter.com/hirono_hideki/status/270826335700672512
Facebookのアルバム「能登町柳田・無料法律相談」に写真を7枚アップロードしました http://t.co/HkwOhskf


確実な日付を特定したかったのですが、やはり2012年11月20日かと思います。これも再審請求における大きなターニングポイントとなっています。当時の金沢地方検察庁の担当者はミヤさんだったと思います。


ミヤさんとの話では頭にくることが多く、衝突も多かったのですが、そのなかで木梨松嗣弁護士や岡田進弁護士の対応の意味を深く掘り下げて考えるきっかけとなっていきました。


ミヤさんの方からもそれまでは判決が確定している以上、裁判所に再審請求をするしかないと、繰り返して断言を受けていました。


2012年11月20日の無料の法律相談は、能登町柳田の笹ゆり荘でありました。担当の弁護士の名前は記憶にもないですが、テレビでも紹介されているのを見たことがある人でした。能登半島の北部というか輪島市、珠洲市、能登町、穴水町の全ての地域でただ一人輪島にいる弁護士ということでした。


相談の前後に金沢地方検察庁に電話をしてミヤさんと話をしていましたが、相談の前と後で前言を翻すようなことをミヤさんが言い出したのです。弁護士との無料相談は前のミヤさんの発言を前提にしていたので、法律相談の意味もなくなってしまうようなことになったのです。


この時は私も猛反発をしたように思います。この時だったか調べてでもみないと確証は持てないですが、ミヤさんの代わりに電話に出た上司の岸田さんとの話で、告訴状を提出するという話になったのです。それが再審請求の手続きから告訴の手続きに方向転換した瞬間でした。


廣野秀樹(@hirono_hideki)/「岸田さん」の検索結果 - Twilog http://twilog.org/hirono_hideki/search?word=%E5%B2%B8%E7%94%B0%E3%81%95%E3%82%93&ao=a


上記のようにTwilogで調べたところ、意外なことに2010年5月以前のツイートしか見つかりませんでした。長谷という担当事務官の名前が出てきて、そういえばと思いだしたのですが、どんな声の人だったかやりとりもほとんど思い出せなくなっています。たぶんミヤさんの前任者と思われます。


時刻は7時59分です。先ほどいつものようにツイッターを眺めていたところ、落合洋司弁護士(東京弁護士会)がまたどうかと思われるツイートをしていました。検察庁に触れていましたが、馬鹿とも読めるあるいは馬鹿としか読めないツイートでした。


落合洋司弁護士(東京弁護士会)よりさきにジャーナリスト江川紹子さんについて言及するつもりでいたのですが、いまのところ変更までは考えていません。


私がパソコンの前にいるとき、一日に何度も欠かさずツイートをチェックしているのはジャーナリストの江川紹子さん、落合洋司弁護士(東京弁護士会)、モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のアカウントです。


このうち落合洋司弁護士(東京弁護士会)に関しては随分前からブロックをされているので接点のない全くの一方通行の可能性が高いですが、廣野秀樹(@hirono_hideki)に関しては他の二人には今のところブロックされておらず、リツイートもしています。


異常な執着と思われているかもしれず、そうでなくても誤解を招く可能性もありうるので、告訴事件の具体的本題に入る前に、ある程度の経緯と事情を説明し、公開の情報としておきたいと判断したところです。


それに適した素材というかツイートが集まってきたことは、先日辺りから述べているところです。まずこの3人のジャーナリストと元検察官でもある弁護士は、私の人生、裁判における判断、意思決定に大きな影響を及ぼしてきましいた。


このうち法的制裁を検討しその旨公言しているのはモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)だけです。本人がそのことをどれほど意識し自覚しているのかは不明ですが、他の二人とは違い、私の発する情報をある程度は読んでいる可能性もあるかと思います。


今のところ本人に読ませることを私は意識しておりませんし、あえて説明の必要もないと考えています。公開している発言の内容は私の場合、全て等しく同じです。全てオープンな場でオープンなかたち、方法でやっております。


モトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)と落合洋司弁護士(東京弁護士会)に言及するとなると、2005年の11月辺りまで遡ることになり、記憶の整理にも手間取るところもあるかと思います。


ジャーナリストの江川紹子さんに関しては、いわゆるオウム真理教の事件で、一躍注目の人なったかと思います。私は事件の当時、福井刑務所に服役中でしたが、それでもテレビでジャーナリストの江川紹子さんのことは見て知っていたように思います。


基本的に福井刑務所ではテレビを見れる時間が限られていて夜の19時から21時前が主でしたが、それでもオウム真理教の事件と阪神大震災の報道は大々的だったので、見る機会は多かったと記憶しています。


あるいは19時からのNHKのニュースでも、江川紹子さんの姿を見ていたのかもしれません。オウム真理教の事件に関心の薄かった人は別として、ジャーナリストの江川紹子さんの知名度は相当に高かったと思われます。


その後も数年前まで、日曜日の朝の報道番組「サンデーモーニング」のコメンテーターとして姿を見ていましたが、降板してからはテレビで見る機会はほとんどなくなりました。それでもたまにNHKのニュースでもコメントをしている姿を見ることはあります。


体を張ってオウム真理教の事件を追跡取材した気骨のあるジャーナリストとというイメージを漠然と持っていましたが、Twitterでアカウントを知る前は、たまにブログの方のコラムを見ることがある程度でした。それもモトケンこと矢部善朗弁護士(京都弁護士会)のブログでの紹介だった気もします。


次にジャーナリストの江川紹子さんに注目するようになったのは、検察への不信が社会問題化してからのことで、ジャーナリストの江川紹子さんはその問題の熱心な旗振り役だっただけではなく、公的な委員会のメンバーの一人にもなっていました。


その辺りは本書でも既に取り上げていると思いますし、公知の事実でもありますので、大幅に割愛したいところですが、委員会のメンバーには、私が平成18年の秋に郵送で最高検に提出した上申書の、当時の検事総長が含まれていました。


平成18年だったのか確信が持てなかったので、パソコンのデータを調べたところ、最高検から受けた書面の日付が平成18年12月5日となっていました。


<2014-12-08 月 06:36> [ ←これまでの記述範囲の終了時刻]]


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