« にぶんのいち 「飴」と「ムチ」と「北風」と「太陽」 | トップページ | cocologのアクセス解析について »

2009年3月 8日 (日)

検察批判の嵐と自粛

リンク: 時事ドットコム:検察批判を“自粛”=強気の小沢氏と一線も−民主.

 小沢一郎民主党代表の資金管理団体をめぐる違法献金事件について、同党内で5日、露骨な検察批判は控えるべきだとの声が広がった。西松建設からの献金との認識はなかったとする小沢氏の主張が破綻(はたん)する事態になれば、党としての責任を問われ、ダメージが計り知れないからだ。執行部内からも強硬姿勢の小沢氏と一線を画す動きも出始めた。
 「検察のあり方に疑義を抱かせるような物言いは、一般論としてすべきでない」。前原誠司副代表は5日、記者団にこう指摘。幹部の1人は「『国策捜査』とはもう言わない」と検察批判を控える考えを示した。 
 小沢氏は4日の記者会見で、東京地検特捜部による捜査を「政治的にも法律的にも不公正な国家権力の行使」などと激しく非難。小沢氏の公設秘書が逮捕された3日夜には既に、鳩山由紀夫幹事長や山岡賢次国対委員長らが「陰謀」などと捜査に反発していた。ただ、会見直後に、党として「検察の政治的意図を疑われて当然」などとする鳩山氏の声明を出した結果、「検察対民主党」という構図になった。
 民主党は2006年に、十分なチェックもせずに虚偽のメールに基づき国会質問で自民党幹部を中傷。有権者から政権担当能力を疑われ、当時の前原代表らが引責辞任に追い込まれた。今後、秘書の容疑を裏付ける事実が判明すれば、同じ失敗を繰り返すことになる。ある中堅議員は「当時の前原代表も最初は強気だった」と悪夢の再来を心配する。
 「なぜ(捜査が)この時期なのかという思いは、わたしにもある」。民主党の菅直人代表代行は5日の記者会見で、率直な思いを吐露しつつも、捜査への批判はしなかった。(了)
(2009/03/05-20:32)


http://d.hatena.ne.jp/rawlowQ/20090308/p1
佐藤優氏や田中森一氏など検察と戦った人の著作を読んだことがあるが、検察の問題点を一番わかりやすく書いた一文であるように思う。堀江氏は検察官の独断 で善悪が決まる点を問題視しているが、検察はそれほど万能でも無いように思う。国民の意思というか、時代の空気を無視するようなことは検察もできないだろ う。良い意味でも悪い意味でも衆愚に取り込まれている。ちょうど、小沢さんの西松建設の問題が出ているが、検察には抗議の電話がかかったらしい。金丸氏を 罰金20万で終わらせた以来の批判の嵐とのこと。もし、検察が完全に独断で動くKY組織であったなら、早晩消滅することだろう。

 この記事を読んだことで、Googleで「検察 批判」と検索を掛け、上位にヒットしたのが冒頭に引用のニュースでした。
 金丸氏の問題の時は、確かに批判の嵐という様相を呈しており、繰り返しテレビで映像を観た記憶があります。確か、東京地検の看板にペンキをぶちまけた人が出たのも、その時だったと思います。
 そんなにすごい批判が巻き起こっているのかと調べてみたのですが、民主党自体は批判自粛の方向に進んだと知りました。この記事を読んで気がついてのですが、偽装メールの問題も民主党の議員だったんですね。そういえば、前原という人が、その頃よくテレビに出ていたことを思い出しました。
 その偽メールの問題も、堀江貴文氏が間接的に絡んでいたと思います。また、偽メール問題で張本人になった人が自殺したというニュースも割と最近のことでした。

 いろいろと思い出すこと、改めて気がつくことがありましたが、きっかけになったのは落合弁護士の「徹底抗戦」というエントリでした。

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20090308#1236476055

話題になっているようですが、早速、アマゾンで購入して読んでみました。


第一印象としては、上告審係属中という事情によるということもあったようですが、薄くて物足りないな、ということでした。有罪判決に不満があり自分無罪である、ということを著書で世に問いたいのであれば、事実ではない、知らなかったというだけでなく、地裁高裁で合計6名の裁判官が膨大な証拠に接した上で有罪、実刑判決が出ている、その理由、根拠について、それがなぜ間違っていて自分無罪なのか、ということを、もっと説明しないと、読者としてはもやもやとしたものが残ります。「この程度の説明しかできないのか」と感じる人もいるでしょう。


この本は、一種の「国策捜査批判本」の系譜に連なるものになると思われますが、捜査の動機に不純なものがあったり、立件できる複数の事件の中での取り上げ方に偏頗なものがあったとしても、起訴され、公判を経て、有罪となり、それが高裁判決まで出ている段階に至れば、その中で積み重ねられてきた「証拠の重み」というものはかなり大きなものがあって、堀江氏としては、それは上告審で徹底的に争っていると言いたいのかもしれませんが、こういった薄めな著書を出すことで、堀江氏側の主張とか反証の薄さ、乏しさということを感じる向きもあるのではないか、という印象も受けました。


いずれにしても、上告審の結論も、それほど遠からず出るはずで、そこで司法による最終的な判断が示されることになります。


堀江氏のような、通常の社会生活を営む企業経営者が、突如として逮捕勾留され、特捜部による苛烈な捜査対象になった場合の、対象になった側の苦労、困惑、怒りといったことは、薄い中にもよく出ていて、私としては、むしろ、その点について興味深く読めた1冊でした。

 アクセス数があまりにも乏しいので、やるべきことを中断していたのですが、自分自身、裁判で最高裁まで争ったことが2回あるので、何かと身につまされるものがあります。

 十分なことはなにも出来ませんでしたが、今となっては時既に遅しというのか、予想以上に現実は厳しく、誰にもなんの関心ももたれない問題だったようです。

 昨夜、比較的重要な内容の記事を書き、落合弁護士のブログにトラックバックを送ったのですが、それも反映されず、記事が読まれてもいないみたいです。専門家で、検察官経験のある人でも、それほどの関心の薄さみたいですから、この先、何を書いたところで、誰にも相手にされることはなさそうだという絶望感に至ってしまいました。

 昨日は、時間が経ってからトラックバックが反映されたのですが、落合弁護士ご本人と思われるアクセスログが確認されました。リンク元のURLにadminが含まれていたので、その可能性が高いのですが、他の記事など目もくれなかったようで、アクセスはその一件だけでした。

ずいぶん前から、インターネットの情報公開に限界を感じ、やる気も失っていましたが、やはり相手にされるような問題ではなかったみたいです。意味の薄い内容の記事は、トラックバックを入れてくださっているみたいですが、肝心なところが伝わらなければ、何にもならないし、遠ざけられるだけだったのでしょう。

自分の認識も甘かったと思いますが、巻き返しは想像以上に困難で、絶望的なのかもしれません。Hatena::Diaryの方で、アクセス状況も公開していますが、アクセスして読んでもらえないことには、問題も伝わるはずがなく、人々の意識に上るはずもないので、この現実を、検察や、警察にも認識しておいていただきたいという目的もあります。

結局最終的には、金沢地方検察庁と差し向かいということになりそうですが、検察の動き次第では、不信や批判も出るのかもしれません。

 なお、重要な内容は、「告訴状」というカテゴリに入れてあり、次回提出予定の告訴状に盛り込む予定です。

|

« にぶんのいち 「飴」と「ムチ」と「北風」と「太陽」 | トップページ | cocologのアクセス解析について »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 検察批判の嵐と自粛:

« にぶんのいち 「飴」と「ムチ」と「北風」と「太陽」 | トップページ | cocologのアクセス解析について »