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2009年3月20日 (金)

矯正教育の取り組みが、命の重さをかみしめ、心からの償いにつなげる場であってほしい

リンク: まいまいクラブ - 記者の目.

 こうした取り組みは犯罪被害者支援という世論の高まりを受けて始まったが、当初は門は閉ざされていた。鈴木さんはメッセージ展を始めた翌02年から市原刑務所に展示の開催を求めてきたが、断られてきたという。鈴木さんは「昔は刑務所に入ることもできなかったのに、今は飛躍的に変わった。加害者との接触を希望する遺族には道を開かないといけない」と話す。  メッセージ展の会場で聞いた言葉を思い出す。「本当に来てほしいのは加害者なんだけどね」という、大学生の娘(当時20歳)を飲酒運転の車に奪われた母親(61)のつぶやきだ。歳月が流れても、遺族の心には「加害者」の存在が重くのしかかっている。  「加害者として活動したい」と話した市原刑務所の男性は出所後、就職など多くの壁に直面し、思いを実現するのは難しいかもしれない。だが、少なくとも自分の罪と向き合い、新しい生き方を考え続けると信じたい。矯正教育の取り組みが、命の重さをかみしめ、心からの償いにつなげる場であってほしいと思う。

3時間ほど掛けてコメントを書いていたのですが、Firefoxがクラッシュしてしまい、再度起動して元の状態に戻したものの、引用以外の書きかけの部分は、きれいに消えてなくなっていました。

 これからは定期的にいったん下書きとして保存するか、エディタで書いたものを使うように気をつけたいと思いました。Firefoxは、突然終了することがちょくちょくありますので。

 今回は、記事の紹介にとどめ、別の機会に言及したいと思います。

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