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2009年3月 8日 (日)

県議会と、知っておく必要

1.4.10 県議会と、知っておく必要 2009-03-07 土

cocologのブログのアクセスログを見ていると、あまりのアクセスの乏しさに気が滅入って、またしても手がつかなくなってしまいました。時刻は22時27分になっています。今日も休日で時間が沢山あったのに、やりたいことやるべきことがほとんど手につかず、先に進めることが出来ませんでした。本当は、明日までに金沢中警察署長の手紙を書き終えるつもりでいたのですが、この調子だととても書き切れそうにありません。

今日は起きてから郵便受けから入っていた能登町健康福祉課の人からの手紙を読み、パソコンをサスペンドから復帰させて、モトケンブログで次の記事を読みました。
こういう病気があるということを知っておく必要はあると思うが、
http://motoken.net/2009/03/07-114408.html

落合弁護士にも同じニュース記事を取り上げたエントリがあり、それを読んで記事を書き、トラックバックの送信などしていました。昨日、金沢中警察署に電話を掛け、山出警部補に向かって、「アホかお前は」などと言ったこともあり、珍しいニュースが飛び込んできたものだと不思議に感じていたのですが、初めは、なぜ事件でもない問題をマスコミが報道するのだろう、それほど大きな問題とも思えないのに、とモトケンさんと同じようなことを考えていたのです。

それが、落合弁護士のブログを見ると、馬鹿に飲ませてやりたい薬、などとずいぶんと手厳しいというか、やや過激とも思えるような批評で紹介されていたわけです。

なぜか、夕食をすませた20時頃になって、再びモトケンブログを見て、そのコメント欄に県議会から報道につながった、というようなことが書いてあるのに気がつきました。考えてみると、リンク先のソース記事を読んでいなかったので、リンクをクリックして記事を読んでみると、県議会の質問から県警本部長の謝罪に至ったような経緯が書いてありました。

さらに先ほど、落合弁護士のエントリからリンクをクリックすると、表示されたのは別の報道で、質問をした議員の名前も書いてありました。

私自身、県議会でこのような問題が取りざたされ、さらにマスコミの報道にまで発展した、というのは初めて見聞した事実で、想像すらすることがありませんでした。

しかし、告訴状の問題に関連した市政、県政、の行政の在り方について考えていただきたいという思いはあり、金沢市議会もメール送信のリストに加えてありますし、石川県のホームページにある連絡先一覧のメールもすべてリストに加えてあります。確か、石川県のホームページのメールだけで150件ほどあったと思いますが、全部を合わせると330件以上にはなりそうでした。UNIXのコマンドを使って調べたのですが、間違いはないはずです。そのうち、50件ほどは送信エラーを確認しており、届いていない可能性が高いのですが、拒絶されているところも少なくはないようです。

拒絶ではねつけられるぐらいですから、未開封でゴミ処理されているメールも少なくはないように考えられます。議員のような口利きがなければ、取り合ってもらえるような問題はないのでしょうか。

平成4年の事件前、被害者と同じ職場の同僚運転手から、初め彼女の父親は弁護士だと聞いていました。当時の私は、当時弁護士というのは日本全国で1万5 千人ほどしかいない専門職で、司法試験がどれほどの難関であるかということも知らずにいたので、それほど特殊な職業とも考えずに聞き流していたのです。

そのあと、別の運転手から彼女の父親は議員らしいという曖昧な話しを聞かされ、母親は学校か塾の先生をしているような話しを聞かされました。今考えれば、彼女本人に確認しなかったのも悔やまれる気がします。もし彼女に話していたならば、おかしなでたらめな情報が会社のなかで流されていることに気がつき、彼女もそれなりに周囲の動向に注意していたかもしれませんし、私自身も、他人の話を鵜呑みにせず、身に迫る異変を察知することが出来たかもしれません。

もっとも、その段階において、彼女に対する基本的な不信感や不可解さが植え付けられていたので、深入りしたくないという気持ちも強く、彼女のプライベートな話題に触れるようなことはありませんでした。

弁護士と言った男も、議員と言った男も被告訴人にしてあります。議員と言った男は、彼女と交際していた、という話しを聞いており、これも別の被告訴人から聞かされたのですが、これが平成4年の1月23日でした。

その彼女と交際していたという男から、かなり不自然な接触があり、時間を掛けて話しをする機会があったのは同じ年の2月1日の深夜でした。この偶然を装うような機会を取り持つ口実というか、手引きになったのも弁護士と言っていた男でした。

詳しいことは、具体的な実名まであげてHatena::Diaryのブログにも書いてあるはずです。今回、なぜ実名を挙げないかというと実名を挙げることに抵抗を覚える人も少なくないようなので、そのような人に問題を読んでもらえなければ、それっきり前に進むことも出来なくなるからです。

そして2月の21日だったと思いますが、弁護士と言った男をトラックに同乗させて、新潟県まで荷物を下ろしに行きました。2月18日に金沢を出て、翌日に徳島県で荷下ろしをし、次の日に愛媛県の松山市から新潟県行きの「いよかん」を積んだので、日付のことはよく覚えているのです。新潟で荷物を下ろし、金沢に戻ったのは早朝5時ぐらいでしたが、その間に、弁護士と言った男から、議員と言った男と彼女の交際関係について、重大で深刻な打ち明け話を聞かされたのです。

弁護士と言った男によると、彼女は当時交際していた、議員と言った男に対して、「言い服を着て来て」と注文をつけた上で、自分の自宅に招き、父親と引き合わせたというのです。後日談として「まずい酒やった」と話していたと言い、あの男が気を遣うぐらいやから、よっぽど堅苦しい家風で、彼女も気むずかしい、という印象をアピールしていました。

彼女の母親の供述調書を見ても、彼女が特定の男性と交際していた様子はないと述べており、自宅にまで招待し、父親に引き合わせた同じ会社の男がいるのかどうかという事実の存否は、なにより彼女の両親が身に覚えとして知っているはずのことです。

その時の弁護士と言った男の話によると、彼女は議員と言った男との別れ話のもつれで、ものすごく傷つき、議員と言った男のことをものすごく恨んでいると断言していました。

仮に彼らの話が事実だとして、同じ会社の男と嫁入り前の娘の男女関係がもつれた末に破局したとすれば、同じ轍を踏ませたくはないと、それなりに警戒するのが普通のはずです。彼女の両親にそんな素振りがいささかもなかったことは、私自身が経験からよく知っているところであり、そのあたりは供述調書にも具体的な事実経過が記載されているはずで、疑いを差し挟む余地はなかったはずです。

彼女の母親の供述調書でも、私からの電話のことは述べてあり、繰り返しよく電話が掛かっていたことが回想され、割と丁寧な態度の男であったような感想も述べられていました。

警察においては、それがストーカー行為のような扱いを受けていますが、そもそもそのような行為に導いたのは彼女の方なのですから、これもどう考えてもおかしな話しです。そういう経過があったにせよ、結果として傷害事件に至ったのであるから、被害者の真意に反していたことは疑いもなく、嫌がっていたのに違いがない、という結論にしか見えません。確かにそう受け取られても仕方のない一面もあるのかもしれません。

ただ、結果を重視するあまり、そこに至った経緯や被害者本人の気持ちや事情を余りにも軽く扱い、除外排斥した事実認定であったことは、事実を知り経験した私からすれば、余りにも明白です。

百年の恋もさめる、という言葉もあるぐらいですから、そういう推定が働くのもごもっともかもしれません。しかしながら、それ以上に全く踏み込むこともなく、事情を聞き取ることもなく、関係者の供述を含め、客観的な状況を調べることもなく、漫然と放置したということは、正当な裁判を受ける憲法上の権利を踏みにじり、被疑者のみならず、被害者及びその家族の人生を台無しにした、とも言えるはずです。

事件の外形や結果にのみ固執した抽象的で杜撰きわまりない事件処理により、被疑者を必要以上に苦しめ、戸惑わせ、真相の解明からはるかに遠のかせたとも言えるものであって、被害者及びその家族に対しても必要以上の被害感情を増幅させ、戸惑いの極地の無間地獄に追いやったと言えるのではないでしょうか。

平成3年の11月の終わりからよく翌年1月の上旬に掛け、およそ一月半弱の間に、被疑者が被害者宅におよそ50回以上の電話を掛けたという事実は、金沢西警察署谷内孝志警部補が被疑者の取り調べで作成した供述調書にもその旨記載があるはずです。さらに、その電話が、彼女本人の自宅に電話を掛けることを承諾した受け答えから始まり、居留守を使って、電話に一切出なくなった一方において、会社内では、被疑者と接触しやすい会社裏の駐車場に車を停めるなど、明らかに、直接会って話すことを望んでいたことがうかがえます。

12月21日に、トラックに同乗して、直接話しをしたときにも、電話に出ない理由について、寝ていたのではないか、最近早く寝る、などととぼけた返答をしており、自宅に電話を掛けることを拒むような申し出も一切ありませんでした。

さらに1月中には、21日までの間に、3回、裏駐車場に停めた大型トラックの助手席に乗り話しをしており、そのうち最初の2回は今日は用事があるので、今度話そう、という申し出をしていました。

そもそも平成3年の9月の中頃、会社前において、車のフィルム張りを差し向かいで無言で手伝ってくれたことから、話しをするようになり、互いに強く意識し合う関係になっていきました。

10月の5日に、私の方から意思の確認と、先に行動を起こしてくれた彼女に対する礼儀として、電話になりますが、正式に交際の申し込みをしました。彼女は「好きな人がいる」という理由で、交際を断りましたが、以前にも増すぐらいに積極的な態度を示すようになり、何度か電話で話をしたあと、11月25日になって、再度、交際の申し込みをした上、好意を持たれて迷惑ではないという確認と、これからも自宅に電話を掛けてもよいという承諾を得たわけです。

また、この時の電話の初めには、彼女の方から自分が結婚したときの年齢を尋ねられ、21歳と答えると、続けて、「わたし、早く結婚したいぞいね。今、まだいいけど、あと2,3年したらあせるぞいね。」というしんみりした話しがありました。真剣な交際を望み、結婚が交際の前提と普通に考えていた価値観がうかがえました。これも、準強姦行為とされた意思確認と既成事実を目的とした行為の、動機及び必要性を判断する根拠となった事情であり、狂瀾に既倒を廻らすが如き、行動に踏み切ることになりました。それも、彼女が最後まで、それまでの態度を貫き通していたからです。

事件に至るおよそ一週間前の3月23日の電話の会話でも、彼女は真意が伝わらないもどかしさにしびれを切らしたかのような勢いで、「わたし、広野さんにわたしの気持ち伝わっとるとばっかり思っとった。」と言い、私が、その場の成り行きで、「なんやそれ」とあきれたように切り返すと、彼女もさらに感情が高ぶった様子で、「わたし彼氏おるって、好きな人おるって、付き合っとるって同じことやろ。」と言い放ったのです。

この時であったか、とっさに私の口から出た言葉は、「お前、気、狂っとるんじゃないか」というものでした。あとで冷静になって考えると、やはり彼女の指す、好きな人は一貫しており、これまでの彼女との関係や彼女の態度を考えると、やはり彼女の指す好きな人とは自分以外には考えられないことであり、好きな人と、現在も付き合っているということは確認できたのです。

「わたし彼氏おるって」という言葉の前には、「付き合う気ないって」という言葉があったかもしれません。いずれにせよ、頭が混乱しましたし、感情にまかせて、なにを言い出すかわからない女という印象が強まりました。このような衝突は、それまでにも何度か繰り返しており、彼女と直接会って話すことをためらわせ、自分の衝撃に混乱した頭で自分の感情をどこまで抑えることが出来るのか自信も揺らぎ、危機感もふくらませていたのです。

落合弁護士は3月6日付のエントリで次のように述べておられます。

裁判官というのは、我々のような凡人には及びもつかない、優秀で倫理観   も高い人々であるはずで、それにもかかわらず、こういった犯罪に手を   染める人が、それもベテラン裁判官によるものが続くということについ   ては、最高裁としても、裁判員制度に関する研究と同程度かそれ以上に、   きちんと分析、検証すべきでしょう。

「裁判官犯罪の研究」といったテーマで、優秀な裁判官に研究してもらっ   て、その結果をまとめる、ということもあってもよさそうです。

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20090306#1236339857

このエントリは見落としをしていたようで、7日になってから気がつきました。時刻の方は、すでに8日になっており、1時30分になったところです。検察官を 10年ほど勤めた人が凡人というのも、どうかなという気がしないではありませんが、相当強い皮肉を込めたのか、理解の範疇からの逸脱を強調されたのか、確かなことはわかりませんが、理解の程度を甚だしく越えていることは確かなようです。

前任の検事総長が裁判員制度に向けた期待も、あるいはそのあたりにあるのかもしれません。私の裁判においても、主要なテーマになったのは精神鑑定でした。刑事裁判について関心を持ったり、調べたことのある人ならご存じだと思いますが、刑事弁護がこだわり抜き、異常とも思える関心を寄せるのも精神鑑定です。正直なところ、まるで気違い博士ではないかと思えることもあったのですが、モトケンブログのコメント欄に書くと、顰蹙以上の反応も受けたみたいです。

私にしてみれば、精神鑑定を受けさせられたのも人体実験の玩具にされたような気がしてなりません。具体的な事実がどれだけおろそかにされたか想像の域を超えるものがあるのですが、15年近く経過し、殺人未遂の公訴時効が間近に迫ってから、検察に求められたのも具体的な事実の記載でした。

15年の公訴時効は25年に引き上げられ、重大事件に関しては公訴時効の撤廃も現実味を帯びてきている昨今です。当初15年に設定されていた理由についても、その一つに時間の経過による関係者の記憶の減退というものがありました。法律の専門家であれば、そんなことも知らないはずはないことです。

上記のような見方も出来るし、そういう思いが私の頭の中に浮かび上がり、駆け回ることもありますが、そんなことは承知の上で、それを上回る、個人の犠牲や負担を強硬に強いて余りある課題が、必要性として司法関係者にはあったのかもしれません。

控訴審の陪席裁判官から、陰茎がどうのこうのというトンチンカンな質問が出たときには、何を考えて裁判をしているのかと怪訝に感じたこともありましたが、刑事裁判というのはこういう一面もあると言うことは、知っておいた方が良い事実だと思いますし、そのようなタイトルを付けたモトケンさんも、刑事裁判においては、私の経験と正反対で逆方向の教示をなされ、刑事弁護の理解に腐心され、嘆息されてもいたようです。

こんな裁判を受け、17年以上も放置され、何を反省すべきなのか、被害者にどうやって謝罪すべきなのか、私は答えの見えない混乱を続けたまま、喘ぎ、もがきながら、なんとか生きながらえて来ましたが、生活もいよいよ綺麗さっぱり破滅寸前です。弁護士商売が作り上げた幻想も一役かっているように思えてなりませんが、私もそのような幻想に囚われた引きずられたまま、置き去りにされた孤児のような存在なのかもしれません。

刑事弁護が引き立てる多くの事件は、世間が注目を集める重大事件とともに、被告人が再び生きて戻らないか、20年以上社会に戻ってくることがない別世界の住人を対象にしたものが多いという印象があります。他にも、大勢の利害得失の絡んだ、経営、政治がらみの事件も好材料なのかもしれません。

いずれにせよ、私や安藤さんの家族が抱えるような問題は、歯牙にもかけられず、無視され続けてきた。このまま消えてしまえば、御の字というぐらいにしか、考えられてはいないのかもしれません。とにかく、資料を読んで、教訓を生かすという姿勢も皆無なわけですから、似たような立場に陥れば、なんの解決の役にも立たず、救済の途などありはしないと考えておいた方が良いのかもしれません。

共謀罪の成立が、そのような不幸を未然に防ぐ防波堤にもなり、また、加害者となりそれに巻きこまれる人や、その家族の生活をも守ることにつながると考えた時期がありましたが、共謀罪の反対者にも全く相手にされなかったという経過がありました。共謀罪の反対者の中には、足立昌勝関東学院大学教授のような裁判員制度の強力反対者もいるようですが、彼らの思い描く理想社会と、現実社会のギャップも、検察、警察の士気を低下させ、その他諸々の社会的矛盾を生み出し、加速させているように思えてなりません。

少なくとも現状の、検察、警察に対する理解とは程遠いものがあるはずで、危機をあおり自説の根拠として取り上げるのも、ラジオや電話さえ、まともに普及していなかった時代の話しが多いようです。

バランスのとれた法案の成立や修正のためには、知っておいた方がよい事実、問題として情報公開を行ってきましたが、驚異的とも思えるようなアクセス数の少なさです。それは重大認識の裏返しなのかもしれませんが、ここまで足並みがそろうというのも、とても偶然とは思えないところがあります。
2 告訴に至る経緯
2.1 報道機関及び報道関係者の皆様に対する御案内 報道
2.1.1 はじめに 2008-10-28 火

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